「あ、」
「よう、ただいま」
「帰ってたんだ」
「ああ」
「そのまま帰ってこなけりゃ良かったのに」
彼はフッと、その素敵な笑顔を消した。嗚呼、違うの。貴方にそんな顔させたいんじゃないの。ねえ、お願い。
「そういうのやめろよ。シャレんなんねえからさ」
「冗談よ」
部屋から出て行こうとしたわたしを後ろから抱きしめて身動きをとれなくした。ねえ武、何してるの。貴方さっき帰ってきたばかりなんでしょう?報告書も何も書き上げてないんでしょう。早くしないとボス…いえ、リボーンさんに怒られてしまうわよ。
「ずっと逢いたかった」
「そう」
肩に頭を乗せて、耳元でそんなことを言うんだから。只、とても肩が重い。
「とりあえずその臭い、なんとかしてきたら」
「おう。シャワー浴びてくるのな」
武が出て行った後、その部屋の両開きの扉はギィと音を残して少し揺らんだ。
血の臭いには慣れているのに、武がその香を持っていることにはいつになっても慣れることが出来ない。きっと純粋な野球少年だった頃には想像もつかないような姿であるから、だと思う。あの、毎日が青い春であった頃には毎日が血に塗れる生活になるとは思いもしなかったろう、わたしも、武も。
「駄目だなぁ」
わたし。ねえ、わたしは貴方の理想の姿なんかになれていないでしょう、知ってる。ごめんね、昔のわたし。
「何が駄目なんだ?」
「シャワー早いわね」
「男のシャワーは早いもんだろ?」
「ちゃんと洗った?」
「当たり前じゃねーか」
どうしてまた態々戻ってきた。早く書類作成しないと湯冷めしてしまうというのに。そんなことを思ったりして、本当はわかっている、理由なんて。
シャワーの後の香を持ってわたしに近付いてくる。抱きしめられそうになった所をすかさずかわした。今度は前からだもの、容易い。
「なんだよ」
「それはこっちのセリフ」
「…なあ、駄目か?」
「駄目よ、こんなところで」
「じゃあ場所移動したら、」
「書類まだでしょう」
「終わったら、いいのかよ」
「しつこいわよ」
ピシャリと言いはねた言葉の後に武を見ると、澄ました顔をして立っていた。まるで何ともなかったように。そうでしょう、貴方にとってその程度の女でしょう、わたしは。
「…それに一度、あるじゃない」
嗄れ雀
□□□□
ヒロインは山本が嫌いではないんだと思う。
彼らは一度あるんです。でも、ヒロインは一度ある人とはもう出来ない。多分、気持ち悪くなってしまって。只、そういう話。そういうことは出来ないけど、山本は嫌いじゃないし、よく言えば幼馴染みたいなもので心配くらいは少しするんだろうなあ、
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