いきなりわたしの前に現れた男の子は、傷だらけで天使みたいな羽を持っていた。どうしたのかと外から見ていたら自分の身体を壊し始めた。まるでこの世のものではないような光景を、目の当たりにしているのだ、わたしは。これじゃ彼の身体がもたない。


「何してるの!」

「君には関係無い」


 苦しいような、悲しいような、嬉しいような顔で笑顔を作って彼は言った。何があったのかなんて聞かないよ、でもそれじゃ、貴方が壊れてしまう。


「駄目!死んじゃうよ!」

「出来損ないは消えればいいんだ」

「お願いやめて!」

「邪魔するな、」

「うっ…」


 目の前で人が亡くなるなんて嫌、助けられないなんて嫌!そう思って、彼の自傷行為をやめさせようと抱きついても突っぱねられるだけだった。真っ白な人によく映える赤が、わたしの体にも付着した。

 そしてまた、外からわたしは傍観者となって彼の様子を見ていた。自殺志願者を目の前に、その様子を目に焼き付ける訳でもなく、本当は怖くて怖くてその場から離れたいのに動けなかったのだ。ぴたりと止んだ自傷行為の後、天使はこう言った。


「君がいけないんだからね」


 死ねなかった責任はわたしにある。だから僕を養えということらしい。特に断る理由も無いので引き受けることにした。あまり我が儘な天使と上手くやっていける自信はないけれど。

 遠慮無くわたしの部屋へ入って行くや否や、せっま、よく生きていけるね。と言った。その身に纏った血を家に撒き散らされても困るので、取り敢えずシャワールームに押し込んだ。男性用の服などある訳がないのでどうしようかと考えていたら、昔の男が置いていった新品のスウェットをしまい込んでいたのを思い出した。知らない男の物とは云え、使ってないからセーフなことを信じて、少し埃臭くなっているそれを洗濯機にぶち込んで乾燥までセット。彼が出てくる前に部屋の掃除をしなくては。傷だらけの身体に床で寝させるなんてことはわたしは出来ない。


「あったかい。どうしたの、これ」

「間違えて買ってしまったのがあったので」

「ふうん、そう」


 脚は長く、身体は細く、スタイルの良い彼にはスウェットなど似合わなかった。
 血が足りないだろうからご飯を食べてもらいたかったのだけれど、要らないの一言で終わってしまって、彼は死んだようにぐったりとベットで寝てしまった。何も言わずに我が物顔でベットへ直行、ベットを支配。わたしは履いたままの靴をそうっと脱がした。暫くソファで寝ることになるであろう。


 お腹空いた、と言って夕方頃出てきた彼の背中には、あの傷ついた羽根が無かった。どうしたんですか、と尋ねてみても取り合ってもくれず、流された。血にまみれた天使はとうとう堕天使になってしまったのか。わたしの知るところではない。
 生憎冷蔵庫にあった食材は数少なかったので、あり合わせで作った簡単な煮物になってしまった。彼は不味いと言いながらも出した全てを平らげた。きっと非常にお腹が減っていたんだと思う。全身に目立つ傷の為、病院に行こうと誘っても、治るから良いと断られてしまった。

 わたし達の会話は必要最低限でしか繰り広げられない。彼は私に何か用があるときはねえ、とかちょっと、とかで呼ぶし、わたしはわたしで彼が名乗らないので敢えて聞こうともしなかった。それ以前に彼は食事と入浴以外の時間の殆どを睡眠に費やしている。


 そうして1ヶ月が過ぎた頃、「ずっと同じ夢を見るんだ」彼はおもむろに語り始めた。


「僕は真っ黒な部屋に閉じこめられていて、動けない。そしてユニチャンが言うんだ、さようならって」

「……」

「僕はそれからずっと独りなんだ。外では楽しそうな賑やかな声がするのに、僕のとこに来るのは殺そうとする奴だけ。やになっちゃうよ」


 ユニちゃんという人がどんな人なのかも知らない。それについての説明も無し。興味なんて無いから何だって良いのだけれど。


「それで僕はずっと復讐計画を練ってたんだ。だって僕が負ける筈ないからね。なのにユニチャンのガードマンの綱吉クンが真っ直ぐな眼をして結局僕を殺すんだよ、永遠にその繰り返し」


 最後と一緒だ、なんて寂しそうに言うのだ。ああ、そうか。この人はずっと、寂しかったんだ。大丈夫、貴方の居場所はもう此処でしょう?


「名前、何て言うんですか?」

「白蘭」

「ビャクラン?」

「白い蘭の花」

「白蘭さん」

「ん?」

「言ってみただけです」

「……君はなんて言うの?」

「名前です」

「名前チャン」

「はい」

「何でもないよ」


 それから、少し見つめ合って、此処に来て初めて笑った。2人で、一緒に。


「白蘭さん、もっとわたしを頼って下さい。全部自分で抱え込もうとしなくていいんです」

「生意気なこと言うね」

「だって白蘭さんの保護者ですもん」

「いつからそんなポジションになったの?」

「白蘭さんが来た時からです」


 だってそうでしょう?白蘭さんを養ってるのはわたしなんだから。それに、貴方にはわたししかいないでしょう?頼ってくれなきゃ、貴方はまた壊れてしまう。


「じゃあ、名前チャン」

「何でしょう?」

「買い物に行こう」

「良いですよ。何買うんですか?」

「大きいベットだよ。流石にずっとと女の子をソファなんかで寝かせてられないし」

「でももうベット置く場所なんて…」

「今のベットは狭いから破棄。名前チャンの部屋をベットで一杯にするんだよ」

「え?」

「ああもうトロいなぁ。2人で寝るの。何か文句ある?」

「あ、ありますよ!何ですかそれ!わたしの部屋…」

「煩い、行くよ」

「えぇー…」


 頼ってくれと言ったら一層我が儘に磨きが掛かったようで。でも、白蘭さんに出会う前の生活よりずっと良い。帰ってくればわたしを待っている人がいる。


「あと食品も。名前チャン料理下手すぎ。勉強して」

「じゃあ白蘭さん作って下さいよ!」

「ヤだよ、めんどくさい」




君シンドローム

□□□□
白蘭は料理作れてもいいなぁと思ったけど、2人でキッチンで料理して段々上手になっていく方がおいしいかと。こういうのは前々から考えてたっていうか白蘭の甘々ってなかなか無いから書きたくなってでもこれじゃああんまり甘々じゃないっすよね、これから甘々になるんだと思う。このネタぶっちゃけプチ連載とか出来そうな題材なんだけどその気力と実力がないからこんな感じに。本当はこの後も書きたいんだけどね!もしこのネタで書きたいって人いたら連絡下さればじゃんじゃかやって下さいストーカーしに行きます三^ω^)

120422

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