遙が遅刻をすることはそう珍しいことではないけれど、いつも橘くんが遙の家に寄って連れてきてくれるのでホームルームに遅れるくらいの可愛らしい遅刻(それでも担任の先生はいつも遙と橘くんをまた遅刻かと言って叱る。そんなに怒らなくてもいいのにね。授業は出ているんだし)が多い。でも、今日は少し違った。今日は橘くん1人がホームルームに遅刻せずに登校してきた。遙は一緒じゃない。一時間目の始まる前に橘くんが話しに来てくれた。どうも遙は風邪を引いたらしいと。橘くんが悪い訳では絶対にないのに橘くんはごめんねと謝った。彼は優しい。

 一時間目が終わっても、二時間目が終わっても、お昼休みになっても、遙は姿を現さなかった。こんなことは初めてで、なんだか少し寂しい気がしてしまう。とうとう彼は学校に来なかった。当たり前だ。風邪なんだから。

 でも、少しくらい、連絡してくれたっていいのになと思う。何しろ私は遙の彼女なのだから。遙が携帯を普段持ち歩かないことも、全然使わないこともわかっているからそれはあくまでも私の希望なのだけど、心配しなくていいとか、はたまた学校終わりに来て欲しいとか、何でも言ってくれればいいのにと思う。彼女なんだから。


「馬鹿なのね」
「……違う」
「いや馬鹿でしょ」


 遙からの連絡は来ないまま一方的に家に押し掛けて(いつも鍵が開いていることは橘くんから情報獲得済みだ)部屋を探して(実は遙の家にお邪魔するのはこれが初めてである)ベッドの上に遙の姿はなくて、まさかと思ってお風呂場を開けたら水着着用の遙が唇を青くしながら水に浸かっていた。可笑しい。この子は前から少し可笑しいと思っていたがこれは流石に予想の斜め上を突かれたと言わざるをえない。


「どうして風邪なのに水に入ろうとするの」
「日課だ」
「馬鹿でしょ」
「違う」
「とりあえず出て」


 いくら水の中にいることが自然であるからって、これはやりすぎだと思うよ遙。腕をとるといとも簡単に水から上がった。水温よりも少しばかり高い体温の遙を脱衣所に置いてあったバスタオルでくるんだ。顔は蒸気している。


「風邪が悪化しちゃったら橘くんが心配するでしょ」
「お前は心配してくれないのか」
「……心配するに決まってるじゃない」
「そうか」
「水泳部のみんなにも迷惑がかかるし、憧れられてる竜ヶ崎くんにも示しがつかないよ」


 陸上生活であまり行動的でない遙は、風邪によって更に動きが鈍くなっていて、殆どされるがままだ。ドライヤーの場所を聞いて髪を乾かし、いつもに増してゆっくりな遙に合わせてベッドへ入れた。


「風邪は早く治さなきゃだめだよ。何か欲しいものとかある?」
「鯖」
「鯖はもういいよ…」
「水」
「ポカリ持ってきてるから。とりあえず胃に良さそうなもの、作ってくるね。台所借りるよ」
「ん」


 こんな時にでも鯖だなんて、どれだけ鯖が好きなんだ。でも今はお粥にして、鯖は全快になってから食べてもらうことにしよう。
 普段遙が付けているであろう、青いエプロンを見つけてわたしも付けた。遙はもうずっと一人暮らしだし、毎食自分で作ってる訳じゃないわたしの料理に比べたらずっと上手なのかもしれないけど、わたしだってお粥くらい作れるし、何よりレパートリーは鯖ばかりじゃない。できたお粥を味見して、少し冷まして遙の元へ運ぶ。


「鯖じゃない…」
「鯖は元気になったら食べさせてあげるから」
「鯖料理できるのか?」
「できないこともないよ」
「……」
「どうしたの?」
「俺が教えてやる」


 これは、あれかな。お家デートのお誘いかな。いや、でも遙のことだしそんなこと全然考えないで鯖料理作れないわたしに呆れて伝授しようとしてるのかもしれない。


「だから、次風邪引いた時は鯖料理を作ってくれ」


 耳を疑いながら遙を見ると、いつもよりレース前みたいな真剣な顔で、熱の所為か顔を赤くしながらわたしを見ていた。


「また家来ていいの?」
「当たり前だ」
「ありがとう」
「暫く帰るな」
「え」


 いくらなんでもそれは、話が飛びすぎなんじゃないか。暫くって一体どれくらい?3日?一週間?それとも、1ヶ月?そりゃ確かに遙の家にご両親はいないからいようと思えばいれるのかもしれないけどそれはまだ早いんじゃないかな。


「風邪が治ったら鯖料理教えてやる」
「うん」


 どうやら料理を覚えるまでは帰れないようです。




□□□□
ハルちゃんの誕生日に間に合うように書いてたんだけどいつのまにかアニメ始まってた。やっぱり彼かわいすぎてもう画面に食い入って観ちゃうよね、うん。

140706

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