「ちょっと及川、泊めて!」
「はっ!?急に何!?」


 突然家に上がり込んできたこの子は、高校の時のクラスメートであり、割と仲の良かった方だと思う。卒業してからもちょくちょく連絡を取ってはいたが、会うのはこれで数回目。家に来るのは二回目だ。髪も服も濡れているところを見ると、傘を忘れて雨にやられ、近くの俺の家に駆け込んできた、そんなとこだろう。俺もそんな気は全然だけど、少し無防備すぎるとも思う。


「あーもう寒いし雨びちょびちょだよーシャワー借りるね」
「着替えあるの?」
「ないから貸して!」


 バタン、とけたたましくドアを閉め、彼女はシャワーを浴びに行ってしまった。湯船張ってあるから、もしかしたら入ってくるかもしれないな。
 彼女が着れるような服があったかな。


「名前?」
「あー何?此処まで入ってきたの?エッチ」


 脱衣所から話しかけると冗談を言いつつ、聞きづらいのかキュキュッとコックを捻る音が聞こえた。クリアではない、彼女の籠もった声がすぐそこで鳴っている。


「下着とかどうするの?」
「買ってきた」
「ああそう。着替え此処置いとくからね」
「ありがとー助かる!」


 すぐさまシャワーの勢いの良い音が聞こえた。彼女が着れそうなのは小さくなったけど捨てていなかったスウェットくらいしかなくて、仕方がないけどこれで我慢してもらうことにしよう。こんな時に役に立つとは。捨ててなくて良かった。───多分、彼女にとって俺は都合の良い存在なんだろうな、と思う。それは俺にとっても同じだけど。寄ってくる女が鬱陶しくてガールフレンドの振りをしてもらうこともあった。持ちつ持たれつ、の割り切った関係が心地良い、と思っていた筈なんだけどなあ。何を期待してるんだ、俺は。壊れるのが怖い癖に。


「お風呂いただきましたー温かかったー」
「はい」
「コーヒー牛乳じゃん!気が利く!」
「ただのカフェオレだよ」


 ぐいっと豪快に煽る様子が昔と重なって懐かしく思えた。よく一緒にお弁当を食べたりして。買ったブリックパックまでも最後には煽っていた。


「おいで」


 座っているソファの横をポンポンと叩いて促せば、自分の座る場所くらい自分で決めますーと言いながらも隣に座った。


「お酒ないのー?」
「本気で泊まる気?」
「当たり前じゃん」
「何するかわかんないよ?」
「まさかわたし相手に欲情するとか言わないでよね」
「ヒドイこと言うなあ、髪も濡れたまんまで俺の服着てて誘ってるようなもんデショ」
「えーでも今更じゃない?セックスしたことあるんだし」
「そんなこと言ってると、本気で襲うよ?」
「泊めてくれる対価が身体だって言うんなら仕方ないけど。今更帰るのとか怠いし」
「女の子がほいほいそんなこと言わないの」
「及川が言い始めたんじゃない。それより、お、さ、け!」
「先に髪乾かすから」
「やってくれるの?やっさしー!」


 俺がやる、なんて一言も言ってないけどもとよりそのつもりだったから何も言い返さない。きっと俺が乾かさなきゃそのまま寝る気だろうし。彼女に缶ビールを渡して大人しくさせてから、水気を含んで重くなった彼女の髪を持ち上げた。

 そう、俺たちは、一度一線を越えている。それは高校の時、まだ俺が幼くて、どうしようもなくて彼女を求めてしまったんだ。女の子だったら周りに幾らでもいたのに、俺は名前を選んでしまった。全てが終わって、逃げるように帰る背中を見たときに、やってしまった、と思った。折角、心地良い関係を気付いていたのに。女子だけど俺に媚びることなく他と変わりなく対等に接してくれる彼女だったから、それが俺の中で特別だったのに。きっと嫌われた。もう俺と口をきいてくれない、そう思った。でも、彼女は違った。次の日になっても今まで通りだった。普通に会話をして、冗談を言って、ふざけて。いたたまれなくなって、何でそんなに普通に接してくれるのか聞いた。俺は友達にあんな最低なことをしたのに。どんな罵声でも受け止める気でいた。彼女はけろっとして、「男の子なんだし、そういうときもあるよね」としか言わなかった。同意の上とはいかない行為だったけど、確かに彼女は抵抗しなかったんだ。その時から、いやその前からずっと、俺は彼女の優しさに守られているんだと思う。そこで初めて、俺は彼女は全て受け入れてしまうことに気付いて、これ以上甘えちゃだめだとそれ以来行為には至っていない。きっとまた許してくれるだろうけど、俺は確かにあのとき、彼女を傷付けたんだから。


「にしても、及川がバレーやってないなんて今でも信じられないや」
「もう聞き飽きたよその話は」
「あんなにバレー馬鹿みたいに体育館に入り浸ってたのに」
「トビオちゃんみたいに言わないでよ」
「そうだ!結局トビオちゃん見てないし!わたし!」
「試合見に来ないからデショ」
「なに、拗ねてんの?」
「名前、酔ってるね」
「酔ってなーいー!」


 髪乾いたよ、と言えば素直にありがとうと返ってくる。缶ビール一本じゃ、酔えないよね。


「居心地いいな、この家」
「住んじゃえば?」
「それもいいなあ」


 ここから通った方が近いしなあ、なんて。冗談半分、とわかっていながら残りの半分を期待してしまう。
 名前は、いつまで俺との関係に名前を付けないつもりなんだろう。俺はただの、そこら辺に転がっているような友情だなんて呼びたくないし、捉えようによってはセフレにだってなれるかもしれない。そんな安い呼び方はしたくないけど。どちらかに恋人ができたらお互い『友達』だと紹介するのだし、一番近いのはやはり、友情なのかもしれないなあ。でも、彼女は一度だって俺のことを友達だなんて言ったことがない。まあ他人の前では言ったことあるのかもしれないが、あくまで俺は彼女が俺を友達だと言っているところを聞いたことがない。名前にとっての俺は何なの?「及川は、及川でしょ」明確でいて曖昧な答えしか返ってこない。


「住んじゃいなよ」
「及川がいいならそうしようかな。一応聞いておくけど、今彼女いないよね?」
「そんなことしたら俺殺されちゃうって」
「確かに。よく今まで殺されなかったよねー」
「俺、言うほど女の子誑かしてないよ?」
「よく言うよ」


 けらけら笑って「じゃあ明日にでも荷物持ってくるから」とか言うから。優しさに漬け込むとか、そんなことするのは気が引けるけど、そろそろ俺も痺れを切らす頃だと思うんだ。


「やっぱ今日、抱かせて」




□□□□
お互いの関係に名前を付けたい及川と何が何でも名前を付けたくない女の子のお話でした。かっこいい及川はいけ好かないし地雷(と言いたい)だけど、可哀想な及川はいいね。

140315

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