すぅ、と息を吸う。少しだけ背伸びして、両手を開いて。
 そこら辺を漂う空気が肺を満たす。あぁ、


「変なことしていないで行きますよ」
「はあい」


 血の匂い。殺されたばかりの死体の臭い。致死の要因となった傷口から溢れ出す、赤、赤、赤。

 わたしの前を歩く嘘界さんは、気にもせずに死骸の上を歩いていく。その重みに耐えきれず、ぐちゃりと嫌な音を立てて崩れていくモノ。あーあ、さっきまで息をしている人間だったのに。できるだけ彼らを踏まないように歩くから、どんどん嘘界さんとの距離が遠くなってしまう。


「どうして殺したの?」
「嫌ですね、まるで私だけが殺したような口振り。貴方だって殺したじゃありませんか」
「嘘界さんが殺すから殺したの。ねえ、なんで?」
「後々厄介なことになるからですよ」
「ふうん」


 大事なことはいつも何も教えてくれない。ローワンさんとかには言ってるのに、わたしだけ、いつも。


「…偽善者」
「…なんです?」
「自分の快楽の為に殺したんでしょ?それをまるでGHQの為みたいな言い方、」
「そうですね、では仮にそうだったとしましょう。では、貴方はどうでしょう?快楽に任せた殺戮を行った私と私が殺人を犯したから自分もしたのだと言う貴方。私のそれに続いた時点で貴方も快楽殺人者……そうだと思いませんか?」
「……スイマセンデシタ」
「めんどくさいと思っていますね、まあ、いいでしょう」


 嘘界さんに口で勝てたことがない。頭がキレるから口も勿論達者で、わたしは疎か他の人も勝っているところを見たことがない。部下の人は口答えなんかしないけど、上の人が嘘界さんに負かされるところしか見たことない。


「もし、わたしが快楽殺人者だったら首を跳ねる?」
「既にそのようなものじゃないですか。血を見るためにわたしについてきているんですから。違いますか?」
「じゃあ、殺すの?わたしも、この人たちと同じように」
「変なこと考えてないで早く歩きなさい」
「変なことじゃないもん」
「……死んだ者の血の臭いが好きなんて、貴方も大概変わったお人だ」
「死んでなくてもいいの」
「そうですか」
「うん、そう」


 血に濡れた赤い道を、2人でとぼとぼ歩く。他の人たちは先に帰った。嘘界さんが凄みを利かせて帰らせたと言う方が正しいかもしれない。嘘界さんが残ることなんてそうそうないから慌てふためいていたけれど。


「ねえ嘘界さん」
「まだ何かあるんですか」
「……なんでもありません」


 嘘界さんに嫌われたくはない。いや、既に嫌われているかもしれない。自分がしつこい性格だということを重々承知している。だけど、嘘界さんはこうしてわたしを近くに置いてくれているのだし、そのお陰でGHQでは良い思いをさせてもらっているし、なによりわたしが嘘界さんの側を離れたくないのだ。


「困った方ですね、本当に」
「うわ、」
「貴方を殺す訳ないでしょう。快楽殺人者だからという理由で殺すならば、私は私を殺さなくてはならなくなります」


 あまりに足の遅いわたしに呆れたのか、ひょいと抱き上げ、俗に言うお姫様抱っこなるものをされた。


「せ、嘘界さん!?」
「貴方もそんな顔をするのですね」
「……嫌いになった?」
「いいえ、寧ろ大歓迎です」


 嘘界さんの目を見ても、彼は前しか見ていない。
 少し強い風が、私と彼を揺らした。


「貴方だから、ですよ」
「え」
「私に対してそんな口の利き方をしていながら、殺さないのもこんな風に抱き上げるのも、全て」
「そんな風に、思って」
「これからは殺すだとか野暮なことを聞いてはいけませんよ。わかりましたね?」
「うん」


 嘘界さんに触れてる身体が、温かい。仕事においては冷徹人間だけど、やっぱり嘘界さんもヒトか。


「わたしずっと思ってたんだけど、嘘界さんの義眼、凄く美しいよね」
「…本当に貴方は変わったお人だ」




□□□□
私ずーっと嘘界さん書きたかったんですよ!書けて大満足です!彼は怖いけど、そのぞくりとするほどの眼差しとか、狂気的なところとか、かなり好きです。

140106

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