※及川が好きな人には全くオススメしませんできません。読んだ後の苦情受け付けられませんお気をつけを。



















「どうして海なんか行ったの」


 開口一番彼女はこう言った。

 全ての事情を彼女に告げてはいない、が、俺に何かがあったことだけは明白なのだから、この言葉をかけたのだろう。
 俺の見舞いに沢山の女の子が来たらしい。恐らく、名前も覚えていないような他校の子まで。俺は全部面会拒否した。今、この状況で、名前以外の奴になんて会いたくない。今となってはどうでもいい子の為に、笑顔なんて振り撒いてられない。俺は名前だけに、名前だけと、一緒にいたいのだから。


「俺、死ぬんだって」

「うそ、でしょ」

「あと一週間もすれば、いなくなっちゃうんだって」


 よし、思ったよりも緊張せずに言えた。大丈夫、声も震えなかったし。


「俺、奇病らしいんだ。海水飲むと、胃からどんどん塩化して、肺に回ったらもうアウトなんだって。昔からこの病気だったらしいんだ。今まで気付かなかったけど。今回ので一気に侵食されたみたい。でもね、大丈夫だよ。伝染しないんだって。だから名前と話していられるよ」

「なんで、海なんか行ったの」


 また、同じ言葉を言った。なんでだって?気まぐれだよ。何となく行きたくなったんだ。そういうとき、名前にもあるでしょ?急に海に行きたくなって、岩ちゃんとか誘ってみんなで行ったんだ。当然入るつもりなんか全然無かったんだけど、目の前に海あったら、足とか入れたくなるじゃん。やりすぎたんだ、それでみんなで水のかけあいになって。おかしいんだよ、岩ちゃんそれで怒っちゃってずっと俺に水かけてくるから大変だったんだから。


「あと一週間だけだからさ、俺のわがまま、聞いてほしいんだよね」

「……」

「どうせあと一週間だから、もう退院して、好きなことやろうと思って。だから名前、一週間だけ、一緒にいてくれないかな。学校休んで」

「……」


 何故か急に名前は黙りこんでしまった。やっぱり、重かったかな。重いからできるだけ明るく話しているんだけどな。
 確かに、昨日までピンピンしてた人があと一週間で死ぬなんて言われても、わかんないよね。俺だってもし名前と逆の立場で、名前が一週間後に死ぬなんて言われたって受け入れられない。だって、目の前にあるものがどうして無くなるっていうの。そんなの信じがたい。


「バレーは、いいの」


 俯いたまま、彼女は言った。多分、語尾にはてなが付いてる。疑問形だ。


「バレーもやりたいなあ。トビオちゃんともう一回戦いたい。それにね、名前の手料理食べたいし、」

「料理下手なの知ってる癖に」

「いいのいいの。あとね、二人で旅行したい。東京か、もっと西の方とか。どう?」

「いいよ。徹がしたいこと、全部しよう」


 残された時間は一週間。24×7で、ざっと168時間くらいだ。うーん、ピンとこない。
 とりあえず暫定的にやりたいことを決めていくとしよう。今の俺がやりたいことはね、


「名前、セックスしよう」








 徹が言った通り、わたしは次の日から学校を休み、毎日徹の家に通った。残された時間の中で、出来るだけやりたいことをやるためには時間を有効活用しなければいけないから、半分を過ぎたくらいで意を決したように、家に寝泊まりするよう言ったので、わたしはそれに従った。多分、女子を数日間泊めるということに、少なからず抵抗があったんだろうと思う。
 二人の旅行にはわたしの親が反対したけれど、そんなことはお構い無しに家を飛び出して東京へ行った。二人だけでなんて危ない、だとかお泊まりがどういうことなのか分かってるの?なんて言われたけど、現代の若者をなめないでほしい。わたしが今徹と旅行に出掛けなかった時間は、大人になって戻ってくるなんてことは絶対に無いのだ。絶対に。
 東京見学にスカイツリーに登って東京を見渡して、原宿みたいに騒がしいところも、新宿や銀座とか、とにかく聞いたことがあるようなところには足を運んだ。東京は高い建物が多くて、都会的で、なんだかかっこいいんだろうなとは思ったけれど、東京の空は此処よりもずっとくすんで見えた。それから、とにかく東京は物価が高い、と思った。


「けほっ、けほっ」

「大丈夫?」

「うん、大丈夫」


 大丈夫?、としか声をかけられない自分に腹が立つ。悔しい。徹が大丈夫な訳、ないのに。

 週の半ば過ぎてから、彼が呼吸をする度に、ひゅうひゅう、と鳴るようになった。まるで喘息みたいに。目の前でどんどん憔悴し、小さくなっていく彼。そんな彼を、見ていることしかできないことが、酷くもどかしかった。まだ触れられるのに。まだ届くのに。彼はこんなにも遠い。


「もう、良かったの?」

「うん。こんな身体じゃ、もうどこにも行けないしね」


 確かにここ最近でかなり咳をする数が増えた。これはつまりどんどんと肺への塩化転移が始まっているということになる。肺へ完全に転移してしまったら、もうおしまい。徹はどこへも行けない完全な人形となる。綺麗なお顔をした、人形。そしてわたしの見えないところへ旅立ってしまう。
 海水を飲むことで胃から塩化が始まり、臓器が塩化していってしまうこの奇病に、今のところ有効な薬も無く、対処法も、何一つとして存在しない。

 残り二日、徹は出掛けることをやめた。他にもやりたいことは沢山あったろうと思う。例えば、スカイダイビングとか、海外旅行とか、決して許されることのない、海への水泳とか。やりたいと言っていたバレーだって叶えてない。でも、決して弱音を吐いていなかった。何を我慢してるの。我慢する必要なんて、徹の前にたち憚るものなんて無いのに。


「徹、わたしからも、最後のわがままいいかな」

「えー俺、今まで散々名前のわがまま聞いてきたのに」


 笑っている彼の顔には無理が見えた。やはり、呼吸するのがつらいのか、生きるのがつらいのか。
 徹は優秀な人材だ。努力家で、自信家でもあるけれど、バレーだって県で1位2位を争うくらい上手いし(わたしとしては日本で1位2位を争うくらいなんじゃないかと思っているけれど)、イケメンだ。出来ることならわたしが徹の代わりになってあげたい。わたしなんかが死ぬよりも、徹が死ぬほうがよっぽど問題だ。きっと、面会に来た女子達に「あんたが死ねば良かったのに」そう思われるだろう。徹の身代わりになりたい、頭の中でそうは思っても、現実にはならない。この現実はわたしの手にはおえないのだ。


「わたし、徹の名字が欲しい」

「名字?」

「うん。結婚してほしいの」


 正直、ムードの欠片もないことはわかっていた。ただ彼の部屋で、彼が布団に寝ている前で。一世一代の告白をしたのだ。徹は照れているような、困ったような、そんな顔をしていた。


「俺達まだ学生だよ?子供なんだよ?」

「だから?だって徹も18になったから結婚できるんだよ?」

「名前の親御さん旅行にだって反対してたのに」

「説得してみせる」


 引く様子を見せないわたしに本当に困ってしまっている。どうして結婚することができないの。わたしは、徹がいなくなっても、徹がいた証を、ずっとどこかに示したいと思って。


「……それに俺、死ぬんだよ?」

「だからじゃない。こんなに早く結婚したいのは」

「及川姓になって、俺がいなくなったら、名前はバツイチになるんだよ?そのあと新しい人と恋愛して結婚しようってなっても、及川の名前がついてくるんだよ、いいの?」

「見くびらないで。わたしは徹以外と結婚する気は更々ない」


 普通を装ってるのは目に見えてる。わたしが新しい人と恋愛して結婚って、その言葉を自分で言ったのにも関わらず、徹は少し顔をしかめた。馬鹿なんじゃないの。何見栄なんか張ってんのよ。もう死ぬんでしょ。そんなことする理由がどこにあるって言うの。


「だから、最後のお願い。結婚してください」


 わかった。聞こえるか聞こえないかの小さな声で、徹は答えた。





 わたしは徹に許された。わたしは及川名前になった。残された少ない時間の少しを親の説得に割いて、家を出て行くだとか縁切るとか思い付くだけの困らせることを羅列して、なんとか結婚を許してもらった。わたしは及川名前になった。徹はもう何処にもいない。何十年後、わたしが叔母さん、お婆さんと呼ばれるようになった時、徹と同じお墓に入り、寄り添うのだ。今はそれを生き甲斐にしている。
 徹は最後まで泣き言を言おうとしなかった。けれど、徹がいなくなったその日、いなくなる前に、死がすぐそこに来ているのを感じとったのか突然、涙を流した。静かに、静かに。ただはらはらと涙を流して、そして一言「こわい」と。嗚呼、まだこの人は生きている、と思った。こわいという感情があるのだ、まだ徹は生きている。バレーをしたかった、と言った。トビオちゃんともう一度戦いたかった、岩ちゃんともっとバレーしたかった。まだ18で、やり残したことは沢山あるのに、どうして俺には未来がないんだろう。堰を切ったように次から次へと言葉が出てきた。咳をする回数も頻繁になって、何を言っているのかわからない程の嗚咽。ただわたしは抱き締めてキスをした。顔をぐしゃぐしゃにして泣く徹にしてやれることは、その時のわたしにはそれしか思い浮かなかった。


 最後に「じゃあね、またね」と言って彼はいなくなった。力の抜けた指先を手繰り寄せても、彼はもう戻ってこない。わたしはまだ温いその身体にキスをした。セットされていない髪に指を通してキスをしたその瞬間、彼はわたしのものだと思った。然るにわたしも徹のものになったのだ。




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及川さんの誕生日ですね。貴方のことは好きにはなれませんが、感謝もしています。かわいそうであればざまあみろとも思います。はい、すいませんでした。

一気に海水を飲むことで症状が現れます。海へ行きテンションが高くなり岩泉に水をかけたりなんかして岩泉を怒らせ、その怒っている岩泉の頭を冷やそうと足を引っ張り海へドボン。すると仕返しに同じことを。そのときに大量の海水を飲むことになります。
こんなことを衝動的(?)にやってしまうヒロインは子供だけれども、子供なりに及川を大切にした結果というか、うまく説明できないけれど、当人たちは多分幸せなので何でもいいかなと。

130720

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