「ただいま」

「おかえり、遅かったね」

「ケーキ屋が混んでたのよ」

「それはご苦労様」


 それにしたって、遅すぎる。

 彼女が出て行ったのは昨日のおやつ時だ。しかもケーキはきちんとホールケーキを予約していた。クリスマスでもないのに、だ。それなのに、丸一日、いや、一日以上(今時計は五時半を指している)も外に出ているというのはどういうことか。


「随分と時間かかったんだね」

「こどもの日当日でもないのにやけに人が多くて、大盛況だったの。こっちはいい迷惑だったわ」


 あくまでケーキ屋に行ったということしかしていないと突き通すようだ。だから人間は面白い。


「で、何のケーキを買ってきてくれたの?」

「ホールケーキだけど?」

「じゃなくて味」

「ショートケーキだよ。名前もちゃんと入れてもらった。見る?」

「見る」


 箱を開けると生クリームがでろんでろんに溶けたケーキが姿を表した。これはどう考えても今買ってきたばかりとは思えない。辛うじてチョコに書かれた「いざやくん」の文字によってケーキと見分けることができたようなものだ。

 一体、一晩かけて何をしていたのか。


「歩いて行ったんだね」

「うん、だってすぐそこじゃない」


 彼女はでろでろになったケーキを一度冷蔵庫に入れ、お湯を沸かした。パソコンで仕事をしながらその姿を盗み見る。昨日と変わった様子は、特に見当たらない。


「名前、ちょっとおいで」

「なに?」


 近づいてきた名前の腕を引いて俺の上に座らせる。何で誕生日になって名前の分かんないところが出てくるんだ。一昨日までは俺は名前の何だって知っていたのに。何で名前が真っ黒に見える。


「どうしたの?」

「黙ろうか」


 赤く熟れた唇に噛みついた。目の前で声を漏らす名前を、冷ややかな瞳でじっと見つめる。名前の中の黒い物を全て俺が食してやるとでも言うように。


「……怖い」

「え?」

「俺が、怖い?」

「ううん」


 そう、震えた瞼で笑って、それを俺に信じさせるつもり?笑えるね。


「ひっ、」

「吐けるよね?」


 ナイフを首もとに当て、挑発的な態度で、射るように。ほら、また、そうやって、瞳を揺らす。


「ねえ」

「……」

「殺すよ?」

「臨也は何を、怒っているの……?」


 ナイフを首筋に当て、少し押す。良かった、赤が見える。名前もまだ、生きてる。


「何処に行ってたの?」

「…ケーキ屋」

「丸一日も?」

「え?」

「名前は昨日、俺のケーキを取りにすぐ近くのケーキ屋へ行った。しかし帰ってきたのは今日の夕方。その間、おまえは、何処へ行っていた?」

「…え?」


 わたしは、丸一日、いなかった?どうして?ブツブツ言う彼女は困惑しているらしかった。すると名前は、こういうことか。


「記憶喪失……そうかそうか!名前は記憶が飛んでいたんだね!そうだよね、名前に限って俺に隠れてシズちゃんのところに行こうとなんかするはずがないよね!」


 ごめん、疑っていたよ。耳元でそう囁くと、名前はぶるりと肩を震わせた。
 良い誕生日をありがとう。これでまた一年、名前は俺のところにいてくれるね?




□□□□
遅れてごめんなさいいざやん

130505

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