※拍手ログ















 わたし達はいつも傘を持っていなかった。だからと言って、いつでも会えるという訳ではなかった。


「雨、止みませんね」


 急に話しかけられたこともあって、わたしは裏返った声で答えたのを何となく覚えている。
 初対面の人っていうのはどうも苦手で、あまり視界にいれないようにしていたのに、わたしの中に入ってきた彼は今じゃあまりにも大きい存在になっていた。


「いつもは利用されるんですか?バス」

「いや、丁度傘を持ち合わせていなくて」

「ですよね、わたしもです」


 今日の天気予報でそんなことは言ってなかったと言うと、彼は天気予報は見ていないと返してきた。出掛けるのに天気を気にしないなんて、珍しいなと思う。テレビをあまり観ない人なのだろうか。

 女なのに、折り畳み傘を携えていないなんて、呆れられたかもしれない。
 何となく沈黙が重くて頭をフル回転させてみるけれど、何しろ会って数回の人と噛み合う話を探すのなんてそう簡単でなくて。落ち着いた雰囲気の彼と、忙しないわたしが隣に並んでいるのはまるで別々の空間を持っているようだった。


 そもそも、わたしが勝手に思案しているだけなのだ。初めてあった時も、確か今日と同じような感じで、バス停に並んでいるわたしに話しかけてきたのだった。それで少し心を踊らせて、次に雨の降った日、もしかしたら会えるかもしれないだなんて淡い期待を抱いて来たら、なんという運の強さか、また会えて、今日も。まあ、会えない時もあるけれど、雨の日は会えることが多い。いつもは運悪い方なのに、こんな時ばかりなんて、神様もまだわたしを見離してはいないみたい。
 名前も知らない。年齢も、血液型も誕生日も知らない。降車するバス停すら知らない。不安定な間柄で、敢えて言葉にするなら「知り合い」といったところだろうか。何を話すという訳でもなく、でも今日のお昼が美味しかったとか、昨日の夜は星が見えなくて残念だったとか、兎に角彼は話すとき、とても可愛らしく笑うその表情がわたしは好きだった。


「あの、」

「うん?」

「名前教えてくれませんか?」


 そういうと彼は困ったように笑うだけだった。


「是非、次会った時にね」




121116〜130401

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