「ふぅ、つっかれた」

『お帰りなさいませ。お風呂が沸いていますが、先に夕食になさいますか?』

「ご飯」


 聞き慣れた機械音声を聞きながらヒールを脱ぎ捨てて、慣れた手つきで廊下を歩きながらストッキングを脱いでいく。


「おかえりー、ってまた歩きながらストッキング脱いでる。器用だねえー」

「…え、秀星?」

「え、俺のこと見えるの?」

「秀星っ!会いたかっ、」


 秀星を抱き締めようと出した腕が宙を霞め、気付けばわたしは秀星の向こう側に。こんなに鮮明に見えているのに、声だって聞こえるのに、もしかして、


「ワリィ、俺、死んじゃった」


 悪びれた様子もなく、笑って彼は言うのだった。




「いやー、でもまさか見えるなんてな」

「何が?」

「名前が俺を見えるってことだよ。だって俺、幽霊なんだよ?」


 秀星は手を伸ばしてわたしの頬に触れようとするけれど、わたしの身体をすり抜けて、落ちる。


「それに一昨日からいるんだぜ?この部屋」

「えっ、嘘!?」

「この期に及んで嘘つくと思うー?」

「…言ってくれればよかったのに」

「言ってたよ、今日みたいに。帰ってきたら、おかえり。行く時はただいま。それなのに今日、名前が急に俺の声聞こえるようになって俺だって驚いてんだよ?」

「…ごめん」

「ちょっとちょっとー、何で名前が謝るワケ?」

「気付けなくて、ごめんなさい」

「いいよ、霊感あるなんて元々思ってないし」


 秀星は、いなくなる前の秀星と一緒で、わたしの向かいの椅子に座って脚を組む姿も、身振り手振りをしながら話す姿も、わたしの知っている秀星のままだったんだ。こんなにリアルに目の前にいるのに、秀星は死んでいる。触れることさえできない。


「そんな辛気臭い顔するなよ。折角俺がいるんだぜ?ずっと会いたかったんだろ?」

「うんっ…」

「あーもう泣くなって。飯が不味くなるから」

「だってぇ、秀星が、秀星が!」

「俺は此処にいるっての!とりあえず早く飯食え!」


 スプーンを握って、ご飯を口に運ぶ。何の味なのか分からない。いつの間にか秀星はわたしの隣に立って、頭を撫でてくれているようだった。もう彼の温もりを感じることはできない。

 泣くなだなんてそんなの、無理だよ。


「また、会えてよかった」

「バーカ、別れみたいなこと言ってんじゃねーよ」


 俺はまだいるんだから。こんな名前置いて成仏なんてできねーよ。そう言って秀星はまた笑った。




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