「なにこれ」
ぱしり、そう音を立てて、菅原さんは私の右手首を掴んだ。見えているのは小さな切り傷と、揺れている数字と記号。
「3月5日…昨日?」
「その傷作ったのが昨日なんです。ノートで切っちゃったんですよね。あ、こっちには一週間前のがありますよ」
そう言って左腕も差し出す。内側に3カ所、外側に2カ所、指先のささくれを入れると左腕には8カ所、右腕には5カ所の傷が刻まれている。勿論その側には日付も。右腕に刻まれた日付は、利き手でない方の文字だからとてもいびつに揺れている。
わたしがこれを始めたのは中学生の時で、怪我を見つけた時には日付を入れるようにしていた。日付の文字が消えかかってもまだ傷が残っていればその上から書き直す。これをすると、自分がどれくらいの頻度で怪我をするのか分かるのだ。最近は3日に一回くらい怪我をしてる。大丈夫、昔は毎日傷作ってたから。
「脚にもあるんだね」
「勿論。体育とかでよく作りますから」
後は普通に歩いてて転んだ時の擦り傷とか、前を見ていなくて不注意で作った痣とか。
「痛々しいなあ」
「そうですかね?」
「別に日付書くことないんじゃないの?」
「だってその方が分かるし、愛着わくんですよ?」
「……」
菅原さんは黙ってしまった。困らせてしまったかな、そんなつもりは毛頭なかったのだけれど。
「言っておきますけど、自傷癖ではないです」
「ああ、そうなんだ、良かった」
「分かってませんでしたか」
「傷に愛着わくなんて言われたら、自分で傷つけてるとも思うだろ」
「それは、確かにそうですね、すみません」
苗字が謝ることではないけど、と頭をポンポンされたので大人しくしていた。1つ年上の菅原さんはやっぱりわたしよりも大人で、わたしをあやす時が一番大人二見える。それとも、わたしが子供っぽいのかもしれない。
「でも、菅原さんがどうしてもって言うなら、やめてあげないこともないです」
「え?」
「日付入れるの」
「別にやめなくていいよ」
「いいんですか?」
「俺はそのままの苗字を好きになったんだ。俺の言動で苗字を変える必要はないよ」
そうしてまたわたしの頭を撫でるのだ。あ、夕日の後光が差してる。綺麗な顔だ。
130306