「秀星っ!……何で秀星が、なんでっ」


 秀星は、ずっとわたしを導いてくれた。わたしが進むべき道を、示してくれていた。例え、シビュラにいらない存在とされたって、わたしには関係ない、わたしにとって秀星は、かけがえのない存在だったのだから。


「名前、これ着なよ」

「いらない」

「でも、塗れちゃう」

「いらないって言ってるでしょ!」


 常守監視官が態々渡してくれたのにも関わらず、わたしはその手を振り払った。


 雨がしとしとと降る中、わたしは傘もささず、勿論レインコートも持たずに、自分の持ち場を離れて走ってきた。これほどまでにヒールが煩わしいと思ったことはなかった。後ろから降りかかるギノの言葉なんて本当にもうどうでもよかった。執行官として生きられなくなってもよかった。ただ、今秀星のところへ行ければ。


「秀星、なんでぇ……」


 自分の身体なんて、どうでもいい。秀星が雨に曝されているのに、わたしだけ雨を避けるなんてことできない。
 冷たくなってしまった秀星の指先を思いっきり握って、片方の手で秀星の頬に触れた。少しだけ柔らかいその頬は、いつもと同じ熱を纏っている筈もなく、彼の死をわたしに分からせるだけだった。

 そういったことの一つ一つが、わたしを彼は死んだのだと侵し、告げる。もう彼は戻らない。雨に打たれた冷たい身体に、あの熱が籠もることも。
 雨で額についた髪をどかして、わたしは彼にキスをした。もう彼はわたしに応えてくれることはない。そう分かっていながら、でも触れるだけのキスだけでも、しなくてはと思ったのだ。

 もう彼は喋らない、笑わない、語らない、ゲームをすることもない、わたしの隣にいることもない、一緒に仕事に行くことも、お酒を飲むことも、また、呼吸することもない。彼はもう、何もしない。ただそこにあるだけなのだ。

 ただそこに、縢秀星だったものが、あるだけなのだ。




130209

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