無償の愛。赤ん坊が母親から貰うものなのだと、先生は言った。普通の恋愛じゃ無償の愛なんて無い。皆見返りを求めているのだと。
くるりとシャーペンを回す。窓の外ではグラウンドで体育の授業が行われている。あ、あの人がいる。自然と目で追ってしまうものだ。
母のいないわたしは、つまり一生無償の愛を受けられないということですか先生。父もいないわたしは見守る愛も受けられないのですね先生。そんな風に聞こうだなんて一瞬たりとも思わなかった。教師というものは、仕事だから食って生きるために仕方無く生徒に教えているもので、生徒個人の情報に興味ある訳がなくて、したがってわたしが先生に質問をしたところで真面目に答えてくれることなどないのだ。
空っぽの教師と、空っぽの生徒。空っぽの授業と、空っぽの学校。みーんな空っぽ。だけどそんなのはわたしが知ったことではない。
あ、50メートル走してる。やっぱり一番だ、体力では誰にも負けないとか、そんなこと言ってたな。その細っこい身体で何を言う、と思ったけれど、嘘ではないみたい。まぁ、彼が嘘をつくなんてことは、よっぽどのことが無ければ有り得ないのだけれど。
こっち見た。目、合ってる、気がする。手振った。あ、わたしか。授業中だから小さく指でぱらりと返す。
(名前)
(なあに)
(きょうのごはん、なんですか)
(きめてない)
(かれー、たべたいです)
(わかった)
口パクで言葉を交わせば彼はにこっと笑顔を残してまた授業に参加した。カレーくらいなら作るの手伝ってくれるかな。まだ大変ではないけれど、そのうちずっと立っているのは辛くなるだろうから、今のうちから料理を教えてあげないと。
例え母の愛を受けていなかろうと父の愛を受けていなかろうとわたしはこの子を守ろう、愛そう。愛しいあの人の子だから。
見かけではわからぬ腹をそっと撫でた。
111213