惨めだと思った。
 そこいらで野垂れ死んでいる鳥が。一人ぽつんと光るしかない星が。そして、鏡の中で笑う自分が。
 非道く惨めだと思った。

 季節は夏で、べたべたと滲む汗を疎ましく思うのは私だけではないはずだ。
 カランコロンと下駄の音を立てながら橋の上を歩く。扇子なんかで首もとを仰ぐ婦人とすれ違った。足下では体力を持て余す少年たちが駆けていく。
「貴志さん。」
「ああ、君か。今日も元気なことだね。」
「貴志さんこそお元気そうで。」
 黒の学生帽子を被り直しながら貴志さんは今日も笑顔だった。貴志さんは学生服がよく似合う。斜めに掛けている鞄なんかも少し汚れて、それも良い味を出していた。
「君はお祭りには行かないのかい?」
「あまり好きではないんです。」
 惨めな自分を浮き彫りにされる様で。暗い夜に、明るい光に照らされるのは御法度なのだ。勿論、誰が決めた訳ではない。所謂自分ルールで。
 赤提灯が下がり始めたこの頃、町はなんだか浮き足だった様子で私を置いていく。浴衣を着る少女も次第に増える。
「浴衣も着ないのか?」
「ええ、まあ。」
「それは残念。」
「どうして?」
「見たかったからさ。」
「私のなんて…見せる程のものではありませんから。それに貴志さんになら沢山いるんじゃないですか?見せてくれる人。」
「それは嫌味なのかな。」
「滅相もない!私が貴志さんにそんなことを言う訳…」
「君も意外と大きな声を出すんだね、驚いた。」
「からかってますか?」
「まさか。」
「貴志さんは浴衣着られますか?」
「ああ。友達と花火を見に行くんだ。」
「それは、いいことですね。」
 貴志さんは、学校でも目立つ方ではないけれど、知る人ぞ知る、といった感じの人だ。しっかりしていて自分を持っている、そんな感じの。

 目の前を烏が歩いていることに気付いたのは、数分前である。それも、ちょくちょく此方を気にして振り返る。どうして烏なんかが私を導くのだろう。どうせなら猫の方が風情があるというものなのに。
 不意に烏が飛び立った。バサバサと大きな羽を広げて私がもう追い掛けて行くことのできない場所へ行ってしまう。
「はぁ」
 何をしているんだろう。最初はちゃんと家へ帰るつもりだったのに、気付いたら烏の後を追っていたなんて。惨めだ。独りで帰る帰り道はいつもそう。ましてや知らない場所から帰るなんて。
「あぁ、君。」
「貴志さん…どうして…」
「どうしてって、それは僕の台詞だよ。此処へはよく来るの?」
「いえ、初めて、で…」
 見上げれば赤い鳥居のある神社だった。気付かなかった。烏が山の向こうへ行くのを見た後、自分の足しか見てなかったから。ぼろぼろの下駄が、今のささくれた私の気持ちを写してるみたいだ。私より少し背の高い貴志さんは神主のような格好をしている。こんな若いのに神主?まさか。
「烏に連れられて。」
「へえ?烏。珍しいもんだね、此処へはあまり烏は来ないんだが。」
「そうなんですか。」
 木陰の下の大きな石に腰掛けて貴志さんの顔は影に隠れた。初めて見る顔だ。
「貴志さん。どうしてそんな格好を?」
「此処、僕の家なんだ。だから学校から帰るといつもこうさ。枯れ葉を掃けって煩いんだ、親父。」
 いつもよりも饒舌な気がする。それでいていつもの笑顔は無い。何かありそうな雰囲気に、私は踏み入れることが出来なかった。
「そう、ですか。それじゃあ私はこれで…」
「此処、初めてなんだろ?送ろうか。」
 断る理由も見つからず、結局貴志さんに送っていただくことになってしまった。
「と言っても僕も君の家は知らないんだった。」
「いつもの橋まで送ってくださればわかります。」
「そうだね。そうしようか。」
 いつもと違う格好で、わたしの隣を歩く貴志さんはまるで別人のようで。見知らぬ人と歩いているんじゃないかと錯覚させられる。
「じゃあ、ここで。」
「ありがとうございました。」
 何となく、貴志さんが見えなくなるまで橋の上で立っていた。いつもと違うことをした日の夜はどうも駄目らしい、なんだか頭が眩むようだ。痛む頭を押さえながら帰ろうと踵を返すとそこには烏が口を開けてこちらを見ていた。
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