≫22:45 October 27
秀星は今朝からどうにもおかしかった。
「けほっ、けほっ」
突然咳をし始めたかと思うと、唾が飛ぶのを抑える為に添えた右手に、金平糖が乗っていた。
「何してるの?」
「何もしてねえ」
「嘘はいいから」
「嘘じゃねえって。だったらマジックとか、もっとマシな嘘言う」
「じゃあ、どういうこと?」
手の上の金平糖はきらりと光って、秀星の唾液で濡れているらしかった。
「……金平糖、吐いた」
「いや、金平糖って吐く前に溶けるよね?」
「そもそも俺金平糖食べてねぇし」
「じゃあ何で?」
「俺が聞きてぇよ」
全くと言って良いほど理解出来ないけど秀星が言ってることを信じるなら、今朝起きてから何故か金平糖を吐くと言うのだ。何で金平糖なんだろう。もっと黒くて固くて丸いものとかだったら病気っぽいのに。
「おい今変なこと考えてない?」
「まさか」
「ならいいけど」
「とりあえず志恩のとこ行こう」
「今日は久しぶりの非番なのに?」
「これ以上金平糖吐かれても困る」
「行ったところでアイツも困ると思うけど」
「いいから行くよ!」
*****
「それでアタシんとこ来たって訳」
「そう」
「お手上げね。そんなの聞いたことないし見たこともない。取り敢えずレントゲンでも撮ってみる?」
「お願いします」
「えー別によくね?」
「良くないから。行ってきて」
「あーもう俺#name1#がついてきてくれないと歩けないかも……」
「こういう時ばっかそういうこと言って……」
「いいじゃない、こういう時なんだからついていってあげれば」
「……わかったわよ、もう」
「今日お前生理だっけ?」
「はぁ?違うわ」
「何で苛々して、」
「うるさい、蹴るよ」
「嫌でーす早く行こ」
「う、わっ!」
ぐいと腕を引っ張られたら悪態も喉の奥に引っ込んで。何で苛々してるって……そもそも苛々してることに気付いた秀星に感心するわ。伊達にわたしの彼氏やってないわね。でもなんか、それ自体もむかつく。
「はい、じゃあわたしは此処までだから。早く終わらせてきてね」
「ちょっ、ひでぇな!」
音を立てて扉を閉めると足早に志恩のいる部屋へと戻った。
「今日は荒れてるのね、貴女」
「別にそんなんじゃないわ」
「とりあえず、見てこれ」
「な、に……?」
「喉に金平糖がびっしり。甘いとか言ってなかった?」
「言ってたかも」
「それにしても凄いわ。きっとキスしたら甘いわよ」
「うわぁ」
「甘いの苦手だっけ?」
「秀星が甘いとか、気持ち悪い」
「そう?あの子甘そうじゃない」
確かに志恩が秀星は甘そうだと言うのもわかるけど、甘いだけじゃないし、苛々してる時とか本当に酷いし、甘いってモンじゃない。寧ろスパイス、辛みだ。
「お二人とも人のいないところで好き勝手言ってくれちゃって」
「案外わたしの方が相性良かったりして」
「そうだったとしても今はコイツに目がないんで」
「あら残念」
腕を絡ませてくる秀星が疎ましい。それでいて手を払うのさえ面倒。
「やだ、怒った?冗談よ」
「志恩が言うと冗談に聞こえないから」
「で、俺はどうなんの?」
「わたしのだから!」
「知ってるし。そうじゃなくて、喉」
「うーん、とりあえず喉の辺りを綺麗にするの出しとくから」
「了解」
*****
「で、俺の#name1#ちゃんは何を黙っているのかな?」
「……」
わかっているのに聞いてくるんだから達が悪い。もう本当に秀星なんか知らないんだから。少しでも心配したわたしが馬鹿だった。
「そんな怒るなって」
「んっ」
唇を割って秀星の舌が入ってくる。わ、志恩が言ってた通りだ。甘い。むかつく。
「っ!?何でお前舌噛むんだよ!?」
「今日1日考えてなさい。それじゃ」
自室に籠って鍵を掛けた。1日ずっと悶々としてればいいんだわ。