≫10:36 March 2
「お呼びですか」
「ああ、きいろチャン、そこ座って」
さっき。白蘭と廊下ですれ違った時に、「じゃあ後でね」と声をかけられた。理由は十中八九私的なものだろう。公私混同したくないわたしとしては(だって白蘭のお気に入りだからミルフィオーレに居れるとか、仕事もしてないとか思われたくない)、勤務中呼び出すのは止めて欲しいのだがあと数分で勤務時間も終わるし、と思ってしまう辺り、白蘭に対しては甘いのだろうと思う。入江には「あんな人と好んで一緒にいるなんて、竹下も物好きだよ」と言われる始末だし。わたしは白蘭につきまとっていた過去を持ってる入江も同類だと思うのだけれど。
「紅茶でいい?」
「結構です」
「今日はきいろチャンの為にロイヤルミルクティいれたのに」
ロイヤルミルクティが好きなのは白蘭の方であって、わたしはストレートでしか飲まないというのを熟知していてこういうことを言うのだから本当に意地が悪い。ほら、今もカップを片手に楽しそうにクスクス笑ってる。
「ミルクティをゆっくり飲む時間なんて、ないと思ってたけど」
「本当に真面目だねー、きいろチャンは」
これ、他人が聞いたら言葉が噛み合っていないようないるような微妙な会話だが、実は噛み合っていない。というのも、わたしが言ったのは、白蘭はわたしを部屋に迎えるといつもすぐにベッドに直行するということだし、白蘭が言ったのはわたしが敬語を外したことだ。勤務時間を終えたから。ほら、九時一分になった。
「そんなに僕に抱かれたいなんて」
「そんなこと言ってないから」
「……ほんと、つまんないよね、きいろチャン」
「そんなつまんないものを側に置いておくのも不思議な話だよね」
「死にたいの?」
「白蘭が死ねと言うなら切腹でもなんでもするけど」
「そんな忠誠いらないから。ああもう気持ち悪いな」
気持ち悪いなんて白蘭には言われたくなかったよ。かと言って、忠誠心全くなかったらそれはそれで殺すんでしょ?全く、矛盾してる。あなたに忠誠誓ってなかったら、命張って戦ったりなんて、できないよ。
「とりあえず、移動しようか」
そう言ってわたしを抱き抱え、ベッドにそっとおろした。なんだ、結局いつもと同じなんじゃないか。
白蘭の紫色の眼に、目が離せなくなる。白蘭の薄くて柔らかい唇が、自分のと重なった。
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