≫02:29 September 30

 例年だったらまだ暑くてアブラゼミがジージー、残りの生命を燃やし尽くすかのように鳴いてる頃、今年はなんだか涼しくて、久しぶりに秋らしいこの日を迎えられた。


「…わたしも言うからなんていうかアレなんだけど、」


 一呼吸置いて、わたしはその言葉を吐いた。


「何がおめでたいの?」


 今日は見吉も仕事場に来てわたしを祝ってくれた。アシさんもシュージンも。そして勿論最高も。みんなが帰った今だから言えるのだが、本当は今日1日朝から考えていた。何を思っておめでとうと言うのか。何の為に祝われるのか。


「それは、一つ歳をとったっていうことなんじゃないの?」

「一つ歳をとるとおめでたいの?確かに子供の頃はそうかもしれないよ。成長してるんだから。でももうこの歳で身体の成長を祝うってのもないでしょ。もう衰えていく一方の身体に」

「もう衰えてくって。早すぎでしょ」

「大して変わらないよ」

「じゃあ嬉しくないの?」

「嬉しいか嬉しくないかって言ったらそりゃ、嬉しいけどさ」


 なんだかなあ。呟いた言葉は、仕事場の空気に吸い込まれて、消えた。彼は少し困ったようで、なんだか申し訳ない気分になる。


「何がおめでたいんだろう」


 異様な雰囲気が流れ始めた。自分が話し始めた話だし、わたしはこの糸口を探すことは不可能だ。


「わたしが他の人から生まれた別の人だったら、最高に会えてるかな。もしそうだとしても、わたしを愛してくれる?」

「わからない」


 こういうとき、流されずに本心を言ってくれる最高が好きだ。自分で質問しておきながら、もしそうだったらどうしようなんて思っている自分がいる。


「他の人から生まれた別の人だったらそれは違う人じゃん」

「じゃあ愛せない」

「うん」

「じゃあ生まれ変わりも信じてない」

「それは微妙」

「なにそれ」


 全てがぐちゃぐちゃだ。考えも、誕生日という今日この日も、目の前にいる彼も、その前の原稿も。そしてわたし自身も。日本人は安定してない。これを日本人という枠で括ってしまうのは可笑しいかもしれないが。


「話戻すけど、誕生日だったとしても、それは他人にしてみればどうでもいい1日にすぎないし、学校だってなくならないし、仕事だって当たり前にある。強いて言えば某遊園地のキャストから祝ってもらえるくらいじゃない」

「俺にとってはどうでもいい日なんかじゃないよ」

「理由は?」

「今日誕生日じゃなかったら、生まれてこなかったら今此処に俺はいないと思うよ」

「…珍しくクサいこと言うのね」

「だってそうだろ。出会えてなかったら、今この瞬間こんな話してないし」

「やけにタイムリー」

「わかりやすい例えって言えって」


 彼が机の方へ手招きをする。釣られた魚のようにふらふらとついていく。机ごしに抱きしめられた体温は温かくて、人肌恋しくなっていくこの季節にぴったりだと思った。


「今此処に俺がいるから、それで十分だろ?」


 だから余計なこと考えるなって、思想の統制かしらね。自由じゃないわ、日本も。


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