「今年は天の川、見られなかったね……」 霧雨の音が心地いい夜。 バッカニアに腕枕をしてもらいながら、窓の外の暗い空を見上げる。 今夜は七夕―――――… バッカニアの故郷には、七月七日の夜、星の川で引き裂かれた恋人たちが年に一度だけ会う事を許されるという星の伝説があるという。相手に恋い焦がれるあまり、自らの仕事を疎かにしてしまった天女と牛飼いの物語である。 アメストリスにはないロマンチックな物語に私は嬉々としてバッカニアに話をねだった。 「俺もよくは知らん。俺のばあさんが小さい頃に話してくれたのでな…」 そう前置きをするとバッカニアはシンの東部地方に伝わる伝説を聞かせてくれた。 「……晴れたら鵲が橋になってくれるけど…雨の日は水嵩が増えて渡れないの…?」 「そうみたいだな……」 「じゃあ…今年は会えないのね…」 一年にたった一度だけ。その一日さえも不確かなもの。 二人の叶わぬ逢瀬に思いを馳せていると、バッカニアが額の辺りに優しくデコピンをした。突然のデコピンに目をぱちくりしている私に「伝説だ…。様々な口伝が淘汰されてこの形になったのだろう」お前にそんな顔をさせる為に話したのではない…、と優しい笑顔で囁いた。気付かない内に眉間に皺を寄せていたらしい。 「それはそうかもしれないけど……でも折角なんだから見たかったな…、星」 「そうだな…」 厚い雲に覆い隠れた空を見ている私を隣で見つめていたバッカニアは「そう言えば…」と切り出した。彼の故郷に伝わる神話にはいくつか異説があり、物語の顛末が微妙に違うものもあるのだという。 「雨で会えないことに悲しんだ恋人たちは、その悲しみの涙と共に天から流れ落ちて人となり、生涯を添い遂げたそうだ……」 「ずっと一緒に居られるようになったのね…」 「ああ……」 彼は故郷のことも思い出して懐かしむ様な瞳で私と向き合う。 「バッカニア……?」 問いかける私の髪を一房手に取り口付けた。 「天から落ちた時点で今までの記憶は消えている。地上で出逢ったのは俺達かもしれないな…」 「……!」 髪に口付けながら真剣な眼差しで見つめてくるバッカニア。真っ青な澄んだ瞳と歯の浮く様な言葉にしばらく固まっている私を見て、クツクツと笑い出した。 「…バッカニア?」 「冗談だ。」 「も…もう!」 真っ赤になっている私を見て悪戯っ子の様な瞳で切り返す彼。時々あるこんな風なやり取りに一人舞い上がっているようで恥ずかしくなる。 「バッカニアぁ〜〜…」 涙目になっている私にすまんすまんと笑顔で頭を撫でるとこめかみにそっと口付けた。 「冗談…というのは嘘だ。俺が地上で出逢った天女は今ここにいるからな……」 「………バカ…」 もう何と返していいのか分からず、嬉しさと恥ずかしさに彼の胸に顔を埋めて瞳を閉じた。 fin スパコ―――――…ンッ!!! 拳を震わせた無言の女医のスリッパが壁に向かって叩きつけられた。 その横でunoをしていたニールをはじめバッカニアの部下数名が苦しそうに身悶えている。 「(ぐああぁぁあっ、甘い!甘過ぎます、大尉ッ!!)」 「(ううぅ…甘過ぎて砂吐きそうだ)」 「(誰だよ、大尉の部屋の隣でウノしようなんて言った奴!!)」 お前だ!お前だろ?!と互いを指差しながら密かに言い争っているとケイトのスリッパが再び唸りを上げた。 「痛い!ケイト何するん……ひぃ!」 「普通にしてたら聞こえるわけないでしょう……?ニール……」 隣の部屋から伸びている謎のコードを引っ張って女神の様な笑顔を向けた。 コードの先には小さな拡声器が付いており、そこからバッカニアとアイリスの会話が聞こえてくる。明らかに彼お手製の盗聴器である。 「あ………………」 およそ一週間前、面白半分で盗聴器を仕掛けたことをすっかり忘れていたニールであった。 おしまい。 戻 1/1page |