アイリスの淹れるコーヒーは、美味い。 「「アイリスちゃ〜んっ」」 たまにアイリスがメディカルルームで軍医を手伝っていると、コーヒー目当て(女成分かもしれない)の奴らが集まる。 「はーい?」 「アイリスちゃん!コーヒー淹れてちょうだいっ」 「俺も今日はマイコップ持ってきたよ」 人懐こい若手達が各々マグカップを片手にメディカルルームに入ってきた。 「いらっしゃい。ちょっと待っててね。この前ファルマンさんに買い出しに行ってもらった時に、薫りのいいコーヒー豆も買ってきてもらったの」 相変わらず人当たりのいいアイリスはにこにこしながらコーヒーミルを取り出している。 「さっすがアイリスちゃん!これぞ非番の日の潤いだよな」 「な〜、貴重な女の子成分!」 …ドカッ…… 不意にメディカルルームの奥から音が響く。 「ん?奥に誰か居るんすか?」 軍医を振り返ると「ああ…気にしないで、メンテしてるだけだから」と呟いた。水色のカーテンを挟んで向こう側ではバッカニアを始め、機械鎧を持つ者達のメンテナンスルームがある。神経繋ぐ時は誰でも痛いしね、と誰がいるとも言わず軽く肩を竦めて付け加えた。 「コーヒー、少し時間かかるけどいーい?」 「大丈夫ですよ〜。その為に来たんですから!」 「ありがとう、ちょっと待っててね」 早速アイリスはホッパー(漏斗状の投入口)から豆を入れてハンドルを回し出す。外刃と内刃にガリガリと噛み砕かれるとふわりと溢れてくる豊かな薫り。 「はあ〜いい薫り!俺、これだけで幸せな気分になる〜」 「…もう、あんた達。アイリスが只で淹れてくれるからって、度々来ないでよ…私のコーヒー商売あがったりだわ」 一仕事終わったばかりの彼女が、コーヒーの薫りにうっとりしている彼らに苦笑を溢しぼやく。 「ハハハ。先生のコーヒーが美味くなったら何杯でも喜んで飲みに来ますよ」 笑いながら男達はパイプ椅子を取り出して、めいめいが好きな場所に腰を下ろし始めた。 「はぁ…用がないのに狭い部屋にむさいのが沢山集まるなんて…」 片手で顔を覆って溜め息を溢す。 「コーヒーを飲むって言う重要な非番時の任務ですよ、先生」 「だな。只でなくても俺は飲む!それだけの価値ある美味さだな」 「同感。それにアイリスちゃんがここにいる時と非番の日が重なる事も少ない…」 ドゴッ…! 言いかけてまた隣の部屋から異音が響いた。 「な…なんだかメンテルーム荒れてねえか…」 「あいつじゃないのか?最近機械鎧にしたって言う…ほら」 「ああ、クラウドだっけ?金髪のツンツン頭でまだ若いやつ」 軍部内ではファルマン達の様に様々な理由から勤務地が変わる事もある。彼らは最近配属されてきた細身の青年を思い出したようだ。 「さぁ、どうかしら…」 立ったまま椅子の背に寄りかかった軍医が自分のコップに残った薄味のコーヒーを飲み干した。 暫くするとストーブにかけたケトルが鳴く。ドリッパーに用意された粉粒にゆっくりと湯を注ぎ、コーヒー豆のペースに合わせて出来上がりを待つ。淹れ立てのコーヒーの薫りが部屋に広がっていく。 「先生も飲むでしょ?」 アイリスがにこりと笑いかけた。 「…ええ、いただくわ。私もアイリスのコーヒー好きだもの」 「ふふ、ありがとう」 ほんわかした空気が室内に溢れてくる。 「はい、おまちどおさま」 「待ってました!」 我先にとマイコップを持ち上げると中から立ち昇るコーヒーの薫りをゆっくりと吸い込む。最初の一口を含むとほろ苦い味が口いっぱいに広がっていった。 「くぅーっ!やっぱりアイリスちゃんの淹れてくれるコーヒーは格別だな!」 「ああ。薫りからして違うよな。これに甘いものがあればなぁー」 と言いながら軍医を振り返る面々。 「な…何よ、あんた達。物欲しそうな顔したってここには甘いものなんて……」 部屋を振り返ったところ、目に入ってきた上だけガラス戸の付いた木製の背の高い棚。 「あ、あった…昨日アイリスと焼いたシフォンケーキ」 「「やりぃ!」」 仕方ないといった風に彼女は席を立つと棚の中からまだホールのままのシフォンケーキを取り出した。 「めっちゃ美味そうじゃないですか!」 「いい匂い!これって紅茶入り?」 「そう、アールグレイの茶葉入りよ」 ふんわりとしたケーキを切り分け一人ずつに手渡すと早速皆かぶり付いた。 「美味い!!この甘さ控え目がめちゃくちゃコーヒーに合う!」 「ほんとだ、美味い!」 「ホホホホ、なんたって私とアイリスが作ったんですもの」 「先生は卵割り、だろ」 「そ、そんなわけないでしょう?!」 軍医が手を腰に当てて頬を膨らませた途端どっと笑いが起こる。 「でもこれ、かなり甘さ控え目っすね」 「ああ、それは…」 軍医が目線をアイリスに向け先を促す。 「え…?あ…バッカニアがね、このくらいの甘さがいいって言ってて…」 嬉しそうに話すアイリスに脱力していく男達。 「そうですか…バッカニア大尉好みの甘さでしたか」 「相変わらず仲良しで…羨ましいです、大尉…」 「それにしても、どうしてアイリスちゃんはクマみたいな大尉が好きなんですか」 ふと一人が口にした言葉に一斉に皆の視線がアイリスに向けられた。 「あ、それ私も知りたい」 「え…」 間髪入れずに片手を上げて言う軍医。目が本気だ。 「俺も〜。クマ大尉との馴れ初め聞きたいです」 「えぇ…?!」 「大尉のドコに惚れたんですか」 「そ、それは…」 アイリスが答えに困っていた、その時…───── 「クマで悪かったな…」 水色のカーテンの奥からのっそり現れたのは、クマ…ではなくバッカニア本人だった。 「ヒィイ…ッ!?た、た、大尉?!」 「な?!何で奥から?!」 蛇に睨まれた蛙の如く慌てふためく男達。 「バッカニア!メンテ終わったのね、お疲れさま」 笑顔で呼びかけると温めてあったコーヒーを渡すアイリス。 「ああ…」 短く返事をしてコーヒーに口を付けるバッカニア。 「ウマイ…」 続いて白衣姿の専属機械鎧技師も顔を出した。 「何言ってんだ。お前らが勝手にクラウドの奴と勘違いしたんだろ…。おかげでお前らがアイリスちゃんの話をするたんびに落ち着いて座ってられない大尉を押さえ付けるのに苦労したんだからな」 「二、ニール…!それは言わなくてもいいだろう?」 機械鎧技師に食ってかかったバッカニアだったが、皆の視線を感じて「ふん…」と顔を背けた。彼の頬が少し赤いのは気のせいではないらしい。 「大尉…まさか…」 「む…」 「そう言えば話してる最中、ボカッ…とかドゴッ…とかあり得ない音がしてましたよね…」 「むぅぅ…」 「「「……妬いてたんですね…」」」 さすが一枚岩のブリッグズ。 声を揃えてバッカニアの痛いところをついた。 「し、知らん…!!」 明らかに顔を赤くし声を上げると片手にコーヒー、片手に上着を持って大股に医務室を出て行ってしまった。 「バッカニア…?ちょっと待って!」 慌ててシフォンケーキを一つだけ持ってアイリスが後を追う。 「…お前ら…やり過ぎだ」 「あ…いけね」 「明日の基礎訓練は鬼と見た」 「「そ、そんな〜」」 若手の悲鳴が木霊する中、アイリスは早足に通路を進むバッカニアを走る様に追いかけていた。 「待って、バッカニア!どこ行くの…?」 無言のまま階段を上がっていくバッカニアを追って辿り着いたのは…───── 「屋上…?」 今日は晴れてブリッグズの峰峰を遠くまで見渡せる。柵もない城塞の最上の端に腰掛けるバッカニア。 「…気にしてるの?」 隣に腰を下ろしたアイリスが彼を見上げる。 「…気にならないわけがないだろう…女々しいな」 「そんなことない…すごく、嬉しい」 腕に寄りかかるアイリス。バッカニアは自分に甘えてくる恋人に嬉しさを感じながら、またブリッグズの峰峰に視線を移した。と、外気の冷たさに躰を震わせたアイリス。 「…こっちに来い」 招かれるままファー付きのコートを着たバッカニアの前に座ると、躰ごとすっぽり抱きしめられた。 「あったかい…」 「あぁ…」 外の寒さとは対称的に二人分の熱で寒さなど感じない。ふと手に持っていたものを思い出したアイリス。腕の中で動き出した事にバッカニアが目線を下ろす。 「む…どうした?」 「これ、バッカニアの分なんだけど…」 コートの隙間から現れた大きめに切られたシフォンケーキ。元々バッカニアの為に焼いたものである。礼を言って受け取ると早速食べ始めた。 「どう…?この前より甘さ抑えてみたの」 バッカニアを見つめたまま先の言葉を待っている。 「美味い」 一言を笑顔で返すと、アイリスも同じ様に笑顔になる。バッカニアの為に甘さや味をあれこれ工夫してくれているアイリスだが、バッカニアにとっては自分の為に色々と思いを巡らせてくれるだけで幸せなのだった。 シフォンケーキを食べながら片手に持ったコーヒーを味わう。 「ほら、お前も飲め…暖まる」 「うん…ありがとう」 バッカニアのコップを受け取ると少しだけ口を付けたアイリス。 「なぁ…」 「…なぁに?」 「週末…、街に行かないか」 「うん…?珍しいね、買い出し?」 「ああ、本をちょっとな…」 「くす…いいよ。約束ね」 意外と勉強熱心なバッカニア。 小指を絡ませ約束をすると、また話題はシフォンケーキとコーヒーになり、暫く屋上で二人だけの時間を楽しんだのだった。 fin 「マイルズ…あれは打ってもよいか…」 「……お止めください、少将。大人気ないですよ…」 「ちっ…」 少将が自分のお気に入りの場所でいちゃつく部下に向けて銃を構えていた事を二人は知らない。 「…いや、あれはマジで打つ目だったね…」 byマイルズ少佐 おしまい。 戻 1/1page |