「……アイリス……?」 スミス達の捜索から戻り、遺体で戻ってきた者達の埋葬を済ませたその夜。久しぶりに自室に戻った。鋼の錬金術師がやって来た頃から何かと忙しく、ろくに部屋に戻っていなかった。アイリスはと言うと、怪我人の手当てやこれからに備えた準備の為に忙しく、同じ様に部屋に戻る事が少なかった。久しぶりに一緒に夕飯をとり、風呂に入って眠りに落ちた筈だったが… 腕の中にいた筈のアイリスが…いない。見れば、アイリスの靴と壁に掛けてあった俺のコートも見当たらない…。時刻は午前2時。 (…こんな時間に…) アイリスの行く先は何となく分かっているので、予備のコートを羽織ると毛布を片手に部屋を出た。向かう先は、 屋上─────… 事故や戦いの中で死傷者が出た時、アイリスは夜部屋を抜け出し、城塞の最上階で一人静かに泣いている事がある。 …────星を見ていたの いつも声を掛けると返ってくる言葉。星明かりでも涙を伝った跡は分かる。 …────悼むのなら泣くより他に出来る事がある筈だ 以前少将が呟いていた言葉を思い出す。アイリスもだが、元々人前で涙を見せる事は決してしない。軍にいる限り常に死とは隣り合わせでいつ自分達も死に取り込まれてもおかしくはない。アイリスもそれを承知しているから気丈に振る舞っている。実際医務室にいる間は泣いている暇も甘さもない。けれど医務室を離れると意外と涙脆い。 …────泣く前に自分の出来る事をしたい…でも… 見知っている仲間だからこそ目の前から突然消えてしまった事が悲しくて自然と涙が溢れてくる。だからアイリスは、一人こっそりとこの場所を訪れる。 階段を登り切った先、屋上の端に座っているアイリスを見つけた。 「アイリス……」 死んでいった者達の命の輝きを心に刻むかの様に、月の光の無い星空を見上げ静かに座っていた。城塞の周りには街の灯はなく空気も澄んでいる為、漆黒の布に宝石をばら蒔いた様な美しさが夜空に広がる。俺が来た事に気付いたようだが、暫く星の瞬きを瞳に映したまま身動きをしない。 (………む?) 俺のコートを羽織ってはいるが小さく震えていた。アメストリス北端のブリッグズ。日中でも軍服の上からコートを着なければ寒い。気温の下がりきった深夜であれば尚更だ。 「……風邪を引く前に、凍え死ぬぞ」 隣に腰掛け持ってきた毛布で俺とアイリスの躰を包む。 「………ありがとう」 小さく呟いたアイリスの頬を一筋、雫が伝った。暫く黙りあったまま星空を眺めていた。 二人分の温もりにアイリスの躯の震えが止まった頃、アイリスが静かに話し出した。言葉を確かめる様にゆっくりと…。 「ジャニ…は、よく荷物運ぶの…手伝ってくれたの…」 「……あぁ、俺の言った仕事ほったらかしてお前の手伝いばかりしてたな」 「ラグナーは…怪我の手当てした時に…故郷にいる妹さんの事話してくれた…」 「……あいつは妹の心配ばかりしていた…結婚が決まった時の落ち込み様は凄かったな」 「レグルス…話した事ないけど…乗馬が上手だった…」 「…あぁ、馬の世話もよくしていた…馬のやつもあいつの言う事はよく聞いてたな」 一人ずつの思い出をなぞる内、俺の胸にそっと顔を埋めてきた。 「……泣いても…っ…皆が戻って来ないのは…分かってる……でも…」 「…泣いてやれ……俺や少将達の代わりに…」 名前だけを知っているのではない。その人柄を温かさを頼もしさを知っている仲間が突然いなくなった。 軍にいると時にこういった事に必ず直面する。それは理解している。長く軍にいる程それは重なり増えていく。けれどやりきれない思いが募るのは人だからこそ。 俺は、正体不明の何かに襲われた彼らの無念さをきっと晴らそうと星に誓う。そしてこれ以上仲間を失わない為に自分はどうしたら良いか考えを巡らせる───… 人にはそれぞれの悼み方がある。だが、アイリスには、失った悲しみを悲しいと素直に感じ涙する心を持ち続いていて欲しいと願う。 「アイリス…そろそろ戻るぞ?」 「…うん……」 躯を起こしアイリスの肩を抱くと部屋に向かって歩き始めた。 階段を降りかけた途端、アイリスが首筋に抱き着いてきた。 「絶対…絶対に…死なないで…っ」 「…アイリス…」 絶対、という保証は出来ない。けれど今アイリスが求めているのは安心だ。 「…あぁ、必ずお前のところに帰ってくる」 (それが俺の脱け殻だとしても、必ず────…) また涙が溢れ出したアイリスを横抱きに抱き上げ口付ける。長い口付けを交わして部屋に戻ると漸く俺の腕の中で眠りについた。 fin 戻 1/1page |