この頃バッカニアは専属技師のニールさんと何かをしているらしく、夜遅くに部屋に戻ってくる。 何してるの?と聞いてもまだ秘密だ、と笑顔が返ってくる。 「まぁ、男の秘密の一つや二つは構わないけど…つるんでるのがニールってとこが怪しいわね…」 「ケイト……。そんな事ないよ…たぶん」 女医のケイトは薬の調合をしながらメガネを光らせた。 「甘い!甘いわよ!」 拳を握るケイトの熱に苦笑しながら、取り寄せた調合済みの薬品を棚に片付けていく。 確かに怪しくはあるけれど(ニールさんごめんなさい…)、後ろめたい秘密であんないい笑顔を見せるだろうか。 「早く“まだ”が解禁になるといいわね」 「うん、楽しみ」 天気がいいから遠乗りに行かないか───… 雪解けも始まった或晴れた日の昼下がり、私はバッカニアと共にブリッグズの高原を訪れた。 ニールのアドバイス通り、一頭の馬で、私が彼の前に乗って…── 「わぁ…!もうこんなに芽吹いてる……綺麗…!」 まだちらほら雪が残る野原に丈の短い若草色の絨毯が広がっていた。ところどころ小さな白い綿毛や黄色い花も咲いていて虫達も自分達の仕事に忙しそうだ。 馬の鬣を揺らし、馬上を吹き抜けていく風も心地よく、降り注ぐ日の光も柔らかく感じられた。 「もう、すっかり春だな」 「うん…」 後ろから回されたバッカニアの腕が私の腰を抱き寄せた。 「………バッカニア?」 振り向こうとすると私の頭の上に顎を乗せてきた。そのまま頭に体重をかけてくる。 「ちょっ、重い〜!」 「フフ…春はいいな、気が緩むのが少々難点だが…」 頭に顎を乗せ、腰を抱き締めたまま春の陽気に浸っている。 「お前といると心地良い………」 「…………ありがとう、…?」 私も言葉を返そうとすると不意に手の平に乗せられたバッカニアの拳。 よく分からずに手を窪めると拳からそっと転がり落ちてきた小さなもの。 「…………え?」 ナットの様に小さくひんやりしていて…けれど鈍く光る細い輪。 指先で挟んでよくよく見ると小さな指輪だった。わざとくすませた銀色の表面に何か文字が彫られている。 「……バッカニア…これ…」 驚いて振り向くと同時にフイと顔を反らしたバッカニア。 「……前に言っていた“秘密”だ…。初めて作ってみたから不細工ですまない」 「……………っ…ううん!全然そんな事ない! ────…すっごく、嬉しい… ありがとう、バッカニア…!」 不意打ちのプレゼントに顔が自然と綻び笑顔が溢れる。私の喜ぶ顔を満足気に眺めたバッカニアは、ふと表情を引き締めた。 「………?」 「………はめても…いいか?」 真剣な表情から来るその言葉の意味に私は、バッカニアにそっと左手を差し出した。 小さな銀色の指輪を受け取ると、彼は私の左手の薬指にそれをはめた。 「……来年も、また一緒にここに来ようね」 「………あぁ、約束だ」 日の光に銀色の輪が鈍く煌めく。 優しい風が私達を楽しげに包み込み、また離れていった。 来年の今頃もこんな風に一緒に二人でいられたらいい…と、 馬上から澄みきった青空を見上げ、祈った…─────── - Mi amas vin. - ( 私は貴女を愛する ) 「ポイントD地点に襲撃者あり!!」 通信班の声が響く。 襲撃の後、投降した主婦と名乗る女がブリッグズに護送されてきた。 「たった一人に全滅だと……?」 「20年前の事件の様だな」 「ここに少将がいたら殺されますな…」 実際そうであれば本当にあり得る背筋も凍るジョークを飛ばしながら、マイルズ少佐と共に足早に牢に向かう。 「…────『約束の日』、…か」 来春はどうにも一緒に遠乗りは出来そうにないな…… 去年のブリッグズ高原の景色と彼女の笑顔が脳裏を掠める。 …───いや、約束の日に起きるであろう事を阻止出来なければ、山はおろか俺達もいない…か。 刻一刻と迫る災禍を避けるべく、気を引き締めると、ファルマン少尉の待つ会議室へ向かって歩き出した。 決戦は、 来春…───────── ───…アイリスに指輪を贈って一ヶ月。 周りの奴らに冷やかされながらも常に身に付けてくれている。 少将からは「早く書いてやれ」と婚姻届を突き付けられ、マイルズ少佐からは結婚生活のイロハを伝授される。 「俺はもう少しこのままでいたいんだがな…」 「…どうしたの、バッカニア」 アイリスの膝枕の気持ち良さに浸っているとうっかり口が滑った。ハッとして、何でもない…と呟き腕を組む。アイリスがくすくすと笑いながらまた耳の掃除をし始めた。 「少将にまた何か言われたの?」 「ああ、少佐にも色々と、な」 アイリスは優しく俺の頭を撫で反対側を上にするように促す。躯を反転させるとアイリスの腹に顔を押し付けた。アイリスの優しい香りが鼻腔をくすぐる。 「くす…それで“このままでいたい”のね」 「まあ、な」 いつかは、とは考えているが、今の関係に不満はないし、寧ろ初めて出来た恋人との毎日を楽しんでいたい。 「私もこのままで十分幸せ。今はバッカニアが怪我したりしないかが心配なの」 「アイリス……」 はい、おしまい…と耳掻きを片付ける為に立とうとしたアイリスの腰をキツく抱き寄せた。 「…バッカニア」 「もう少しだけ…このままでいてくれないか……」 浮かせた腰をベッドに戻すと俺の頭を何度も優しく撫でてくれる。 「甘えん坊…」 「お前だから甘えられる…」 もう一度アイリスの腹に顔を埋めると、緩やかな手の動きと温もりにだんだん意識が遠退いていった。 「……ぐー……」 「くす、寝ちゃった…」 抱き着いたままの俺をそのままに窓の方に手を伸ばすアイリス。指先に鈍く光るものがある。 「……また渡しそびれちゃった」 指先に挟んだ銀色の輪。 それは俺が彼女に送ったものとよく似ていた。シンプルな指輪の裏に文字が彫られている。 「バッカニア……大好き…」 「むぅ………」 次に目が覚めた時、俺は左手の薬指に揃いの指輪がはめられている事に気付くのだった。 (……大尉、良かったですね) (何がだ、ニール…) (さっきからずっと手袋弄ってるじゃないですか…) (う……) fin. 戻 1/1page |