…―――彼が読書家という事を知った時は失礼ながら少し驚いてしまった。 けれど彼曰く、 『読むという事を地道に繰り返すところが、基礎訓練と似ていて俺にも合っているらしい』 と、軍人らしい解釈の仕方で読書にハマったらしいのだ。 「こ、これは……っ!」 「さすが中央の図書館ね。物凄い蔵書の数…!ね、バッカニア」 セントラルに来たついでに、と国立図書館に寄ってみた。さすがというべきか、一階、二階、おそらく三階…と見渡す限りぎっしり本が詰め込まれた棚が並ぶ。 隣の彼に振り向くと、何やらもう私の声は届いていない。瞳を少年の様に輝かせ(周りの人間から見るとよく分からないらしい)歴史と夢を詰め込んだ本の海にふらふらと引き寄せられていく。 この本の虫は、よくよく見ていないと興味のあるものに引かれてどんどん本の迷路に入り込んでいってしまうのだ。 そして今日も… 「あれ、バッカニアがいない…」 見渡しても彼らしき人影はない。もしかして…と思い本棚の上からトレードマークのモヒカンが覗いていないかと見るけれど、屈んでいるのだろうか、やはりそんなものも見えないのである。 (…仕方ない、閉館まで後二時間だしのんびりしてよ) いつもの事なので別段気にする事もなく、私は私で興味のある本を4、5冊集めると、背もたれのない小さなソファーに腰掛け読み始めた。 蔵書に配慮した厚いガラス張りの背の高い窓から柔らかな光が差し込み、室内を優しく包む。 窓に沿った通路の奥にいて聞こえてくるのはページを捲る音や小さな囁き声。日頃のピンと張り詰めた空気と違い、暖かさと静かさにふわふわと心地よくなってきた。 (………あ…あれ…) ハッとして意識が舞い戻る。見覚えのあるページがそのままになっているのを見ると、少しの間意識を飛ばしていたらしい。 ふと、背中に大きな温もりがある事に気付く。よく知っている広い背中に、居眠りをしている間ずっと寄りかかっていたようだ。 私に振り向く事なく、熱心にページを捲っている。 「………お疲れだな」 ぼそりと呟いた言葉は優しく響いた。 「……ごめん、…待たせた?」 「いや…俺もうとうとしていた」 と、彼はいうが暫く私の背凭れになって本を読んでいたのだろう。 眠っていたのはそう長い間ではなかったようだが、相変わらず静かで温かい時間がゆっくりと流れている。 皆何処へ行ったのだろう。 そう感じるくらい奥まった所から見つめる先には人影もない。 巨大な本棚で埋まった世界に彼と二人きりの様な錯覚を覚える。 半分こしたソファーは二人の世界の中心にひっそりと佇んでいた。 「まだ寝ていてもいいぞ…」 「……うん…」 背中の温もりと、彼が捲るページの音がまた眠気を誘う。 「…後で起こして…ね」 「ああ…」 柱にかかった振り子時計もちょっと遠慮がちに世界の時を刻むのだった。 fin. ::此処 ::宙 戻 1/1page |