ブリッグズ高原の中腹、針葉樹に囲まれた場所に一軒のログハウスがある。岩肌が一部剥き出しになっている岩壁の影に隠れる様にある為、この場所を知っている者はあまりいない。近くには雪解けの水の流れる清流があり、鹿や兎の狩り場、木の実や野苺も豊富に採れ、短いブリッグズの夏にキャンプをするにはもってこいの場所だ。 「私…薪割りやってみたい!」 荷物を囲んだ5人の中からアイリスがおずおずと声を上げた。普段はどちらかというと自分の事は後回しにしている方なのでいい傾向だ、と俺は密かに目を細めた。 「じゃあアイリスと大尉は薪割り決定ね」 「……ケイト、俺に選択権はないのか……?」 隣でキャンプの役割分担をさっさと決めていく女医に一応聞いてみるが…おそらく俺に選択権はないのだろう。アイリスと一緒の作業は寧ろ嬉しいが、自分の声が全く取り上げられないのはやはりどこか寂しい。 「大尉が薪割り嫌なら俺がやりますよ〜。薪割り初めてのアイリスちゃんに手取り足取り腰取り、根絶丁寧〜に教えてアゲ……」 「俺がする」 俺のアイリスをニールに任せてなどいられない。アイリスの躯にくっつきながら指導(という名のセクハラ)する姿がありありと目に浮かぶ。……と勝手に邪推しつつ渡すものかとアイリスの腰を俺の脇に引き寄せた。恥ずかしがるアイリスを愛でつつ、ニールとガンを飛ばし合って遊んでいると「じゃあニールは魚釣りね」と女医の声が飛ぶ。 「へ……?俺魚釣り……?」 「あと残ってるのは魚釣りと飯盒係よ」 「カ、カレー作りは……?」 「私がやる」 あんたには任せておけないとケイトの瞳がギラリと光った。確かに去年のキャンプ時のニール特製カレーは…色々と凄かった。味だけで考えればそれなりに舌が肥えた人でも美味いと言わせる味だったのだ…。そう、味だけを考えれば。だがちょっぴりお茶目なニールがそれで終わる筈がない。 ケイトのギラギラとした視線に去年の惨事を思い出したニールは冷や汗をかいたスペシャルスマイルをケイトに向けた後、俺とは反対側にいたヘンシェルに直ぐ様振り向き「さぁどうする?!」と目で訴えた。 この面子のプライベートキャンプに参加するのは初めてのヘンシェルは、ニールの笑顔に何となく事の次第を察知して苦笑を返す。 「俺はどちらでもいいですよ、魚釣りも炊飯も好きなので」 「じゃあ俺は魚釣って来ようかなぁ」 じゃあ俺は炊飯で、とヘンシェル含め全員の係が決まると各々の作業場所へ散って行った。 「バッカニア!これ真っ直ぐに割るのってどうやったらいいの…?」 小屋の裏手で割り方と気をつけることをアイリスに伝えて薪割りを始めて5分。大きめの丸太を集めていた俺は直ぐ様アイリスのお呼びがかかったことに心の中でスキップをしつつ、表面上は普通を装ってアイリスの傍へ飛んで行った。 「ごめんね、木を集めてる途中に」 「いや、初めてなのだから気にするな。俺も聞いてくれた方が嬉しいしな」 斧を持つアイリスの手にさりげなく自分の手を重ね「力ずくではなく刃の重みでな…」と教えてやるとああ、そうかと素直に頷くアイリス。 「……ふふ」 「どうした…アイリス?」 ふと、嬉しそうに微笑んだアイリスを見て首を傾げる。なんでもない、と言われると余計に気になってくる。言え、と冗談混じりに身動きが出来ない様に後ろから抱き付き腰をくすぐってやると笑いながら嫌がるアイリス。 「ん…っ…ふふ、くすぐったい…!」 「言え…言わないとこうだ!」 「…やっ……言う!言うから…やめて…っ」 頬を赤く染めたアイリスを離してやると首筋に抱き着いて俺の耳に囁いた。 「…軍服じゃないのが…新鮮?」 「うん…、かっこいいよ」 そのまま俺の頬に口付けを落として離れたアイリスが照れた様に微笑む。黒い半袖シャツに迷彩柄のズボンといった至ってラフな格好だったが、それなりに彼女が気に入っているのなら悪い気はしない。かっこいい、の一言に心の中でガッツポーズをしつつまたアイリスの躯を引き寄せた。 「……もう、バッカニア…、そんなにくっついてたら割れないんだけど……」 「気にせず割ればいい…お前が怪我をしないように守ってや……うがぁああっ!」 「バッカニア?!」 照れるアイリスの可愛さに、構わず腰を撫で回していると何処からか小さな薪が飛んできて俺の後頭部にクリーンヒットした。 「だ、誰だ?!」 流血する頭を押さえながら薪の飛んできた方を見ると、黒い笑顔に青筋を浮かべた女医が腕を組んで仁王立ちしていた。 「ケ、ケイト!!」 「イチャコラするのは薪割り終わってからにしてもらえます……?薪が出来ないとカレーも炊飯も出来ないのよ」 ケイトの笑顔に密かに悲鳴を上げ、急ぎ薪を割って渡した。薪割りの後片付けをすると夕飯が出来るまではちょっとした自由時間である。 二人で森の奥を散策してみたり、釣りをしているニールを手伝ったりしている内にあっという間に時間が過ぎる。少し日が暮れかかった頃、カレーのいい匂いに誘われ小屋の前に戻るとニールの釣った魚もいい感じに焼けていた。 「はい、大尉。自分の分は自分でついでくださいね」 「ああ」 カレーの出来に満足気なケイトからカレー皿を受け取ってヘンシェルの炊いた米とルーをたっぷりかける。しっかり躯を動かした後の食事だからだろうか、見た目といい、匂いといい、堪らなく食欲をそそられる。 キャンプファイヤーを囲み、横に寝かせた丸太のイスに腰掛け早速皆で食べ始める。日が足早に沈み、辺りがだんだんと暗くなると火の美しさが克明に映る。空には星も出始めていた。 「美味い!」 「さっすがケイト特製カレーね!ヘンシェルさんの炊いたご飯もピカピカしてて美味しい〜!」 「ホホホホ、私の手にかかればざっとこんなもんよ」 「ありがとうございます。沢山炊いたのでしっかりおかわりしてくださいね」 ヘンシェルは照れているがこの美味さは飯盒炊きのプロ並みだ。「おこげも美味しいですよ」とにこにことアイリスに勧める姿は専ら“主夫”である。 「ニールさんの釣ってきた魚も身が柔らかくて美味しい!」 焼き色も丁度いい串に刺さった魚にかぶり付く俺の様子を真似たアイリスが同じ様にかぶり付いた。 「ああ、美味いな。塩加減も丁度いい」 「でしょでしょ?アイリスちゃん誉めて誉めて」 自慢気なニールがアイリスに抱き着こうとするのを押し留めているとアイリスの手の平がニールの頭をよしよしと撫でる。 「アイリス!」 「いいじゃない…お魚ほんとに美味しいし」 「ふん……」 今度ははぶてている俺の頭を怒らない怒らない、と撫でて微笑っている。 楽しい夕飯も済み、薪で焚いた風呂に入った後は天体観測、読書、語らいと各々好きな時間を過ごしその夜は更けていった。 部屋は3つ。一階の一人部屋にはケイトが、もう一つの部屋にはニールとヘンシェル。俺とアイリスは2階の屋根裏部屋で躯を休めた。一つのベッドに横になって天窓から見える星空を二人で眺める。今日は新月らしく、月の光に邪魔されず漆黒の闇に星が溢れるように瞬く。 「綺麗……」 「ああ…」 星空を見ていたアイリスが急に俺の胸に抱き着いて顔を埋めた。 「どうした…アイリス?」 「ううん…楽し過ぎて、ちょっと不安になっちゃった」 「心配症だな…」 心配症になるのも無理はない。この夏の休暇が終われば、また命を懸けた任務に戻るのだから。 「あ……流れ星……」 天窓から宙を眺めるアイリスの瞳の中に一筋の光が流れた。 暗闇に沈む中で星明かりに照らされた彼女の横顔だけが明るく輝く。その様子に心を奪われてしばらく眺めていると、それに気付いたアイリスがあたふたと手で俺の視界を遮った。 「何をする……」 「バッカニアこそ何してるの…」 「俺は星を眺めていた」 「星はこっちじゃなくてあっちでしょ?」 あっち、と星空を指差すアイリスに構わず片手で顎を取ると星空を映す瞳を隠してしまった瞼にそっと口付けを落とした。 「俺の見た星はここにあったがな……」 「………気障」 「本当だ」 頬を染めて大人しくなってしまったアイリスを抱き締め直す。互いの温もりと鼓動に徐々に眠気がやってきた。 「そろそろ寝るか……」 「うん、明日も早く起きなきゃ…」 「おやすみなさい、バッカニア…」 「おやすみ、アイリス」 星の瞬きに見守られながら、俺達の意識は闇に沈んで行った────… fin 戻 1/1page |