「……アイリス、大丈夫か?」 「え……?」 今日は非番のバッカニア。開口一番の言葉にドキリとする。 新年度になりここ一ヶ月辺り何かと気忙しい医務室の仕事を終え、疲労困憊とまではいかないけれど、自分が思っているよりクタクタな顔をして部屋に辿り着いてしまったらしい。 「だ、大丈夫、…たぶん」 「………」 少し目線を逸した私を見て、軽く溜息をつくと読みかけの本を閉じてベッドの脇に置く。クマよろしくムクッと立ち上がるとスタスタと私の方へ迫ってくる。無駄に無言なのが怖い。 「バ、バッカニ…ひゃっ?!」 名前を言い終わる前に横抱きに抱えられそのままバスルームへ。スルスルと手際よく制服を脱がされ、気づいた時にはバスチェアに座らされて、よく泡立てた泡で丁寧に頭を洗われていた。お気遣いの紳士は淑女の体を隠すタオルも忘れない。大きな体に似合わず三つ編みも編む器用さを持つ彼は、シャンプーの腕も上々で頭皮を優しくマッサージする様に動く指先の気持ち良さに意識が飛びそうになる。 「…バッカニア…今日は…何の日?」 「…何の日でもないが。目の下に俺が住み着きそうだからな」 (“俺”……?……ああ、クマか……) 何となく嬉しそうな声のバッカニアのブリッグズジョークをぼんやり聞きながら瞳を閉じる。ああ、今日も何となく忙(せわ)しなくて、思っていたより仕事は進んでいなくて。あれとあれと、あとあれもやっておかなければ…。そんな事をぼんやりした頭でぐるぐる考えていると、額を軽くデコピンされる。 「っ…た、バッカニア…」 「眉間の皺はご退場願おうか…」 「う…」 勤務時間が終わった後は仕事の事は考えるなと言いたげな彼は、オンとオフのスイッチがあるかのように気持ちの切り替えが上手い。常に隣国からの脅威に晒されながら日常を過ごす過酷なブリッグズの山岳警備。冬は極寒の地という事も含め、そして氷の女王様の下で働くという厳しさも併せて、精神的にも体力的にもタフでないとやっていけない。 (…考えても仕方ない、か。今日はもうのんびりしよっ…と) ご機嫌が過ぎて途中から鼻歌を歌い出したバッカニアは、泡が頭に残らないようにお湯でしっかり濯ぐとトリートメントをつけ(毛先は特に入念に!)、泡に覆われたスポンジで体も洗って最後に全てを綺麗に洗い流した。 ハッと気づくと湯船に浸かり、体が温もった頃合いを見てひょいと掬い上げられ体を拭かれてバスルームを後にした。ふかふかのバスタオルに包(くる)まれている間にタオルドライした髪をドライヤーの優しい風で乾かしてくれる。 髪もすっかり乾いて肌触りの良いルームウェアを着せられ、ベッドの上で待つバッカニアの腕枕に転がり込む。左腕で腕枕をしながら、右腕の機械鎧の指先で私の乾きたての髪を優しく梳く。何度となく髪を触られている内に私の意識は夢の中へ沈んでいった。 「あり…がと……バッカニ…ァ……」 「あまり無理はしてくれるなよ、アイリス……」 バッカニアの唇がそっと私の額に触れた事を知らないまま、夜は更けていった────…… 戻 1/1page |