「ん…っ……」

 朝の光を感じて目が覚めた。頭の上が重い。うっすら開いた瞳で視線を上げると私の頭に顎を乗せ、抱き締めたままグウグウと気持ちよさそうに眠っているバッカニアが見える。彼のゆっくりとした鼓動と温もりにまた眠気に誘われる。重くなってきた瞼を閉じようとした時、木々の葉を揺らしながら湖面を渡る涼しい風が部屋を吹き抜けて行った。彼越しにぼんやり見える世界がいつもと違う。

(……ああ、そうか…ここは)

 自分達がいる場所を思い出し、何となく嬉しくなった。今、長い休暇を使ってシン東部のある町に滞在しているのだ。

 事の起こりは二週間前のこと───…



「アイリス…当たった」
「え?」

 勤務が終わり、部屋に戻ってきたバッカニアが開口一番に言った言葉。それと一緒に横長の白い封筒を私の前にずいと押し付けた。表面上はいつもの仏頂面だが、少し頬を染めてどことなく興奮しているところを見ると何かいいものでも当たったのだろう。
 受け取れ、と言わんばかりに押し付けたまま、うんともすんとも言わないので何だろうといぶかしみながら封筒を受け取る。受け取った封筒を表にし裏にし眺めてみても何も書いていない真っ白な封筒だ。

「何が当たったの?」
「…旅行券」
「……ええっ?!」

 驚いて彼を見るとやや自慢気に口元に笑みを浮かべ艶やかな鯰髭を揺らしている。元々買い物や福引きと言った類いとは縁がなく、ノースシティで買い物をしたとしても、彼の買うものと言えば本くらいで日常的に必要なものは軍から支給されている。その本に至っても買ったからといって福引き券がついてくる様なことはない。
 騙されているのではないかと思っていると、まあ開けてみろ、とすすめられる。中から出てきたのは封筒と同じく白い一枚の紙。そこに印刷されている文字を読み上げた。

「……龍坤(ロン・クゥン)観光の旅…一枚で二名様までご招待…?!凄い…バッカニア、本当に当たったの?!」

 素直に驚いているとふふんと照れた様に鼻をならし旅行券が当たるまでの経緯を話し出した。

「東部に行った時に街を回ってな。機械鎧の油を探して立ち寄った店で福引きをやったら当たったんだ」

 確かに下の方にこの券を発行したであろう雑貨店の名前と連絡先が書いてある。へぇ…、と感心しつつ、最近東部に行く事なんてあったっけなどと考えていると来週から休暇だろうと聞いてくる。そう、来週の頭…まさに8月5日から長めの休暇なのだ。

「まだ休暇の予定はなかっただろ。…一緒に、行かないか?」
「……い…いいけど、…ロン・クゥンってどこなの?」

 言葉の響きからアメストリスではないことは分かる。何処かと言われれば何となくシン辺りの地名の様に聞こえる。

「さ、さあな、シンということぐらいしか俺もよくは…知らん」
「…?」

 珍しく歯切れの悪い話し方。それに何故かさりげなく視線を外している。

「知らないがせっかくの招待券だ。行き帰りと飯くらいは保証してくれるだろう」
「ええ…?!」

 どうしてそんなに暢気なの?!と唖然としながらも、ふんふーんと鼻歌混じりにバスルームに消えていくご機嫌なバッカニアを見送った。










「で?そのロン・クゥンってどこなワケ?」

 翌朝、医務室で朝の一杯をカップに注ぐ女医のケイトがぼそりと呟いた。

「……それが…資料庫でシンの地図を調べても載ってなくって……」

 バッカニアと二人切りの観光旅行なのだ。なんだかんだ言っても楽しみにしてしまう。
 事前にお店や名物料理を調べておこうと思ったのに砦にある地図にはロン・クゥンの名前さえ見つけられなかった。余程小さなところの地名なのか、他に呼び名があるのか…ニールさんや他の人間に聞いてみても知らない、と返ってくるのがオチだった。
 券に書いてある連絡先に電話をしてみても出掛けているのか用事で忙しいのか一向に出る気配はない。バッカニアは一体どこへ行く切符をもらってきたのだろう。

「……どうしよ」
「シンってことが確かなら、少将に聞いてみたらいいんじゃない?」
「少将に?」

 どうしてそこに少将の名前が出てくるのだろうと首を傾げていると温かいコーヒーに口をつけたケイトが話し出した。なんでもアームストロング家はシンの商人や富豪とも交友関係があり情報や物資もよく行き来があるらしいのだ。

「私達よりはシンに詳しいと思うわよ」
「そうね、聞いてみる」

 善は急げと勤務が終わった後、少将の執務室を訪ねた。





「龍坤(ロン・クゥン)?確か…シン東部の小さな町だったな、マイルズ」
「はい、少将」

 丁度仕事が一段落していたのかマイルズ少佐とコーヒーを飲んで一休みしていたアームストロング少将があっさりと答えてくれた。その辺りは気候もよく、食べ物や水が美味しいところらしい。小さな町だからアメストリスにある地図には載っていなかったのだろうということだった。それがどうしたと言った表情で聞き返され、東部の雑貨店で福引きが当たったことを話した。

「くく…バッカニアが福引きで、か?」
「はい、来月より休暇に入るので一緒に行って来ようと思います」

 するとそうか、と何か納得したかの様に頷き、長閑でいいところだ、気をつけて行って来いとマイルズ少佐と共ににこやかに見送られた。

「少将……龍坤(ロン・クゥン)という町は確か…」
「言うな、マイルズ…。ようやく行く気になったのだろう。せっかくの休暇だ、そっとしておいてやれ」

 少将が知っていて、いいところだというのならもう心配せずに行ってみよう、そう思って執務室を出た私には二人の会話など聞こえる筈もなかった。




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