シキが率いる軍部で、悪質な風邪が流行っていた。

「アキラ」

書類の束を捲りながら、シキはアキラを呼んだ。

「どうかしましたか?」

アキラは目を通していた書類から顔を上げてシキを見た。

「医療班から連絡が上がっているぞ?」

シキのその一言で、何が言いたいのか判ったアキラは、舌打ちしたい気分に駆られたが、なんとか押さえた。

「軍部内で流行っている、悪質な風邪の事ですね?予防策と対処策を軍全体に通達してあります」

パラリと書類を捲りながら、アキラはシキに報告する。

「軍務に支障は無いのか?」

書類にサラサラとサインを記入しながら、シキはアキラとの会話を進めていく。

「今のところ、支障をきたしている部隊はありませんが、各部隊で2〜3人程の休みが出ています」

アキラもシキの動きを気にすることなく、報告を続ける。

「風邪が治まるまで、部隊編成を変更しますか?」

「軍務に支障をきたしていないなら、気にする事もあるまい」

全ての書類を片付けたのか、シキは手持ち無沙汰気味に、アキラを眺める。

「判りました。総帥。警備隊の人員を増やして、ローテーションを早めても?」

アキラの提案に、シキは鷹揚に頷いた。

だが、アキラはシキの態度に違和感を感じた。

「総帥?どうかされたんですか?」

シキに注意を払いながらも、アキラは手元の書類を纏める。

「どうもしない。気にするな」

ヒラヒラと振られる手に、アキラは違和感を強くした。

「総帥?具合でも悪いのですか?」

何時もの張り詰めた空気が無いのに不信感を抱いたアキラは、軍部内に風邪が流行り始めてから念の為にと机に忍ばせていた体温計をそっと取り出した。

「総帥。念の為に熱を測りましょう」

ずずいっ、と迫ってくるアキラを交わすことが出来ずに、シキはアキラの持つ体温計から目を逸らした。

「総帥?今の状況で、貴方にまで寝込まれては困るのですが?」

表情を変えず迫ってくるアキラに、シキは逃げ腰になっている。

「あ、アキラ?」

「熱。測ってください」

冷たい笑顔を浮かべながらアキラは、シキに体温計を差し出す。

「測らないと、ダメか?」

差し出された体温計を視界から排除しながら抵抗を試みるシキに、アキラは一歩も引かない。

「ダメです。寝込む前にお願い致します」

自分には向けられる事が減った怒気を含んだ目線と、気配にシキは溜息を吐いた。

「仕方ないな」

強情なアキラを知っているからか、シキは早々に白旗を揚げて体温計を受け取る。

ネクタイを解いて、ワイシャツのボタンを幾つか外して胸元を寛げると、体温計を脇の下に挟んだ。

「何分だ?」

「時間になったら、鳴ります」

机に肩肘を突いたシキの目の前に待機するアキラ。

ピピピ。体温計が鳴って、シキがそれを取り出すと、アキラが自然な動きで横から掠め取った。

「アキラ」

「嘘を吐かれても困りますから」

アキラに体温計を見られないようにしようとしていたシキが、悪あがきの様にアキラの手にある体温計を奪おうとするが、それよりも早くアキラは体温計に目線を流した。

「…38.8分?高熱じゃないですか!」

「騒ぐな」

驚きの余り、大声を出したアキラを咎めると、アキラはシキを睨み付けた。

「本日の執務は全て終了しています。演習や会議、謁見等の予定も有りませんから、お休みください!」

シキに反論を許さず、アキラは執務室の奥にある仮眠室の扉を指差した。

「バレてしまっては、仕方が無いな」

物凄い剣幕のアキラに、シキは高熱を出しているとは思えない程に、優雅に革張りの椅子から立ち上がると、大人しく奥への扉へと向った。

「俺は、医療室から解熱剤を貰ってきます」

「薬は要らん。水を用意しろ」

シキが扉に手を掛けたのを見て、踵を返したアキラに、指示を出すとシキは仮眠室へと消えた。