2月13日。
当日では恥ずかしいからなのか、理由は分からないが、アキラは城に着いてからずっと、部下からチョコとおもしき包みやら花束やらを渡されそうになっては、断る…を繰り返して、漸く執務室にたどり着いた。
「アキラです」
ノックをしてから、名乗る。
初めの頃は、シキが嫌がり何度もやめるように言われたが、部下に示しがつかないと言ってアキラは引かなかった。
結局はシキが折れ、義務的に行われている。
「入れ」
シキの返事があり、入室する。
「なんだ。なにも受け取ってないのか」
ニヤニヤと笑いながら、シキが意地悪く聞いてきた。
「色々と渡されそうにはなりましたが。全て断りました」
「ほう。何故だ?」
「好いてもいない相手からのプレゼントは受け取る必要がありません」
シキの目の前に書類を置きながら答えるアキラは心からそう言っていて、計算などは無い。
「その言い方だと、好いた相手からなら受け取る、と言っているように聞こえるな」
置かれた書類に目を通しながら、アキラをチラリと見やると、驚いた顔をしている。
シキはそれを見るとクックックと笑った。
「総帥!!」
「違うのか?」
笑うのを止めたシキに真面目に聞かれて、アキラは途惑う。
シキの言うような意味で言ったつもりは全くなく。
思ったことを言っただけ。
ただ、それだけだったから。
「まぁ、いい。ところで、この書類のことだが」
アキラの困った顔を堪能したシキは、話題を変えた。
そのことにホッとしながら、アキラは質問に的確に答えていった。
その日、一日。
アキラは城内を歩いては、兵士に捕まり、プレゼントを渡されかけては断るを繰り返していた。
「つ…疲れた」
城から車で5分ほどの距離にある、シキの屋敷。
自身に宛がわれている部屋のベッドに着崩した軍服のままで倒れこむ。
屋敷の直ぐ側には兵舎もあり、アキラはそこの上官用の部屋に入る予定だったのを、シキが強引に変更したのだ。
宛がわれた私室は、手ごろな広さで、ベッドの他にサイドテーブルとランプがある。
クローゼットは造り付けで意外に広いが、軍服以外の服を殆ど持っていない為に大分スペースが空いている。
ベッドに突っ伏していたアキラはウトウトとしてきて、慌てて起き上がるとシャワールームに駆け込んだ。
熱いお湯を頭からかぶり、サッパリしてシャワールームから出ると、シキがベッドに腰掛けていた。
「そっ……シキ」
総帥と言いかけて、直す。
「たまには一緒に飲もうと思ってな」
と言いつつ、シキは既に飲んでいる。
「酒は苦手だと」
「ああ。何度も言われたな。お前でも飲めそうなものがあるぞ?」
シキの言葉に興味をそそられる。
「そんなのがあるのか?」
アキラが訊ねると、シキはテーブルに置いてあったグラスを差し出した。
「これ?」
アキラは受け取って、シキの隣に腰掛けると一口飲んだ。
「甘い」
気に入ったのか、コクコクと飲むアキラ。
「カルーア・ミルクだ。甘すぎて俺には飲めんが、お前にはちょうどよかろう」
「ああ。コレなら飲める」
「いくら飲みやすくても、所詮は酒だ。飲みすぎには注意しろ」
とアキラに注意するシキはアルコール度の高そうなブランデーをストレートで飲んでいる。
アキラが確認しただけで、3杯目。
多分、もっと飲んでいるだろう。
栓を見ると、今日開けたのが分かるが、瓶の中身は三分の一に減っている。
「シキの方が飲みすぎだろう」
とアキラがからかえば。
「お子様が偉そうに」
と反撃される。
「そういえば。シキだってプレゼントは貰ってないよな?」
アキラが思い出したように言う。
執務室にも、帰りの車でも、シキは何も持っていなかった。
「俺に渡そうなどと。命知らずもいいところだ」
「そうか」
シキの言い方は怖い。
「だが。好いた相手からなら、構わんぞ」
朝、執務室でのアキラとの会話で出てきた言葉。
さすがに、この状況ではシキが何を言いたいかなど、鈍いアキラでも解かってしまう。
アキラはグラスに少しだけ残った、カルーア・ミルクを口に含むと、シキに口移しで飲ませた。
「…甘い」
たった一口飲んだだけのシキの感想。
「なにも用意してないんだ。仕方ないだろう」
ほんのりと頬を染めたアキラ。
「フッ……それもそうだな。なら、明日は期待しようか」
シキは口に残る甘さを消す為か、ブランデーを継ぎ足して飲んでいる。
「それより。俺だって貰ってないぞ」
不満を漏らしたアキラにシキは、グラスを指差した。
「?」
グラスを傾けて、首を傾げる。
「カルーア・ミルクだ」
「アンタも手抜きじゃん」
「明日はワイン辺りに挑戦するか?」
シキはどうやらアキラに酒を飲ませたいらしい。
「アンタの酒の相手する為の練習かよ」
「それなら、お前でも飲めそうなものを探さずに、同じものを飲ませる」
「それは……止めてくれ」
アキラは一瞬だけ、無理やりに飲まされた度数の高いアルコールの味を思い出し、嫌そうな顔をした。
臍にピアスを開けるときに、消毒液の代わりに使えたほどの度数で、酒に慣れていないアキラは激しく咽たのだ。
アキラが何を思い出したのか、表情で察したシキは声も無く笑う。
「笑うな」
それに気が付いたアキラが不満そうな声を出すが、シキは気にせずに笑い続ける。
「総帥!!」
耐え切れなくなって、アキラが叫べば、シキは笑みを収める。
「プライベートでは、名を呼べ、と言ったのを忘れたか?」
台詞は厳しいが、表情はそうでもないシキ。
「アンタが何時までも笑ってるからだろ」
アキラはずっと持っていた空のグラスをテーブルに置く。
ふと、目線をやれば、シキが飲んでいた酒瓶はほとんど空になっていて。
しかもシキはまだ酔っていない。
「…シキ」
「どうした」
シキも持っていたグラスをテーブルに置く。
「一緒に飲むのはいいけど、飲み比べだけはしたくない」
アキラが素直な感想を言えば。
「だろうな。安心しろ。無理強いはしない」
笑いながら、シキはアキラの部屋から出て行った。
「シキのあの言い方だと、明日はちゃんと用意しないと、絶対に飲ませてくる」
アキラは直感でそう感じた。
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