∴二重人格の男の話
ふっと思いついた話です
参考にした本は、以前に読んだプリズムです
とりあえず腐ネタ注意です。ナチュラルに変な話です
前置き・設定
*
柳生比呂士は二重人格。
もう一つの人格の名前は仁王雅治。
柳生の逃げの人格が仁王である。
仁王は柳生の存在や自分の存在理由を知っていて、柳生は仁王を全く知らない。
幸村や柳は仁王を知っている。
柳生は家族が苦手で、精神的虐待により二重人格になった。
多重人格にならなかったのは仁王が耐えたから。
仁王曰く、自分は銀髪で身長は175cm、色白で髪がちょっと長い。らしい。見た目は柳生なので他人は想像しづらい。
仁王はイリュージョンでそのイメージをみんなに認知させた。
仁王曰く、本当は変装をしたいのだけど、下手をして柳生に自分の存在を知られたら嫌なのでやらないのだとか。
仁王は柳生が好き。
*幸村と仁王と柳生の話
「アイツは完璧な男なんじゃ。そのくせに俺なんていう存在を求めちょる」
仁王と名乗るそいつは、そう言って、後ろ髪を掻き上げた。冷ややかな目や面倒そうな表情は、たしかに普段の彼からはとうてい見られないものであった。
話し相手が何らかの言葉を発する前に、仁王はまた話し出した。
「真面目じゃなくて飄々としていて、知識はなくても賢くて、面白味のある、たとえるなら詐欺師のようなヤツがいい。――なんて、馬鹿馬鹿しい。そんなモノのなにがええんじゃ」
仁王は言葉を重ねるたびに、演説をするように腕を持ち上げて、言い切ると同時にそれをだらんと下げた。そして、自嘲するように口元をわずかに歪めた。きつい目を爛々とさせて、笑うように口元を上げてたたずむ男。その表情だけを見れば、本当に詐欺師そのものであった。
「お前は俺の気持ちが想像できるか? いつ自分が消えてなくなるかも分からんで、幸せだと言える記憶もないままに、ただ苦しむためだけに在り続けなきゃいかんこの気持ちが」
わからない。と幸村は口には出さなかった。だが仁王は考えていることを見透かしたように、厳しい視線を彼に送った。
「あの柳生は、自分にないナニカがいちばん大切だと考えとる。でも本当に大切なのはそんなモノじゃなか。『ちゃんとここに存在している』っていうのが、どんだけ尊いことか。柳生はまったく分かっとらん。あやふやな紛い物の俺からすれば、それは眩しいくらいに羨ましいのに――」
いつの間にか、仁王はぽろぽろと涙を流していた。しかし、それに気がついていないのか、ただ目を細めて笑っていた。眼鏡くらい外せばいいのに、と思いながらも、幸村は無言で居続けた。
先程から見せる表情すべてが、幸村の知る彼とは違った。そして、それに動揺しない自分自身に少しだけ驚いた。
彼のカッターシャツに、仁王が流した涙がぽたりと落ちる。しばらくの沈黙のあと、最初は憎かった、と仁王は自身に向けて言うように呟いた。
「でもな、気がつけばあの存在が、俺にとっての大切になった。
……おかしな話じゃろ? ただ逃避の為だけに生み出された装置が、生み親を愛すようになったんじゃ。ヒトですらない代替品の存在が、愛なんて――あぁ、ほんとうに、ばかばかしい」
流れる涙をそのままに、仁王はついにはっきりとこちらを見る。幸村の部活仲間である柳生と同じ顔つきをしているのに、この男にはまるで、弱々しい羊を連想させるかのような雰囲気があった。
静かにシャツを濡らしながら、ゆっくりと仁王の口が開かれる。なにを言おうとしているかなんて、彼をまったく知らないのにも関わらず、幸村は分かりきってしまった。
「幸村、俺は柳生が――――……あれ、幸村くん、一体どうなされたんですか?」
軽い力でスイッチが押されて切り替わるように、一瞬で男の雰囲気が変わった。ぱちり、とまばたきをして、きょろきょろと不思議そうに部室内を見渡している。真面目で、しかし優しいこの空気は、たしかに自分がよく知る仲間のものだった。
幸村は、知らない誰かのように前髪をかき上げて、仲間に向かって柔らかく言った。
「ううん、なんでもないよ。……ただ、ちょっとした相談を受けただけでね」
柳生はまた不思議そうな顔をこちらに向けた。先程まで話をしていた時の表情とはまるで異なる、紳士と呼ばれるにまったく相応しい顔つきだ。柳生が首を傾げたその拍子に、彼の頬にまだ残っていた涙がすべり落ちる。
同時に、幸村の指の隙間からいくばくかの髪の毛がすり抜けて、元の場に戻った。幸村は目を細めて、なにも言わずにただそれを見ていた。
――声を殺して、膝を抱いて、寂しそうに泣いている男の姿が見えたような、気がした。
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