雨と鋏 (1/2)

「キャーッ!!どうしよう!」
「お、おい!早まるなよ!!」
「……」

場所は屋上、天気は晴れ。
ただいまわたしは自殺志願者を見に来ました。まる。
心の中で半ばふざけながら文章を作り、澄織は辺りを見渡した。


今朝のことである。
いつもの時間より早く澄織は学校に着いた。今日は雲雀に当たらないと上機嫌で教室に入ったところ、クラスはいつも通りに騒がしかったが、今日は何かが違う。例えて言うなら何か心配するような、焦ったような騒がしさだった。
それを疑問に思った澄織に、すぐさまクラスの名も覚えていない女子が教えてくれた。というより教えさせられた。その女子も軽く混乱状態だったので、理解するのに苦労したが。

彼女が言うには、どうやらあの山本が今屋上で自殺をしようといているらしい。
自殺なんて、まったく馬鹿馬鹿しい行動だったが、それを口にできるわけがなく、半ば呆れながらも澄織はクラスメイトたちと共に屋上に移動したのであった。
もちろん、女子たちはフェンスの向こうに立つ山本を確認した瞬間に一斉に悲鳴を上げたので、機嫌は下降の一途を辿っていたが。

山本武。
彼は運動神経が良く、一年生にして期待のエースと呼ばれ、野球部ではかなり重宝されている。
それを快く思わない先輩とのいざこざがあるのか無いのかよく知らないが、常にハハハと陽気に笑っている。さらに空気は読めなくて天然キャラ。澄織からしてみれば少しいらつくタイプだ。
そして、容姿がいいため女子からは絶大な人気を誇り、先日転校してきた獄寺に並ぶほどである。あの陽気な笑いも天然さも女子生徒にしてみればツボらしい。
…これが澄織の知っている彼の情報の全てである。



見渡した澄織の目には、泣きはじめた女子たちと、無駄な説得らしきものを続けている男子たちの姿が目に入った。
その光景を見て、誰にも気づかれないように澄織は小さく溜め息をついた。
なんだか中学校に入学してから溜め息ばかりついている気がする。
自殺志願なんて、とある兄を連想させるうな行動をよもや目の前でされるとは、一体誰が予想できただろうか。
虐められて自殺、ならばまだ理解できるが、こんなに呆れる未練があると言わんばかりの自殺志願はまったくもって滑稽だった。
どちらにせよ、自ら命を断つなんて澄織からしてみればいらつくものだったが。

正直なところ、澄織は空気を読んでこの屋上に留まってはいるが、本心は死ぬなら死ね、である。
命を大切に、なんて言葉は言わないし、澄織の立場からして言えないが、少なくとも白黒はハッキリとつけてほしい。
どうやら山本は死を望んでいるようだが、理由はありえないくらい馬鹿らしいものだったし、クラスメイトたちは山本を止めようとするが、触れられるところまでは近づいていない。
それがまだ彼らが死というものを感じた経験が無いことを物語っていた。
だからこそ全ての行動がいい加減だし曖昧だ。

こんなに騒がしいのにも関わらず、教師が出てこないご都合主義なこの世界に、また澄織は溜め息が出そうになった。


*


それから数分たっても自体は一向に変わらず膠着状態。相変わらず山本は曖昧なままだった。結局こうして気を引きたいのか、それともクラスメイトに自分の死体を見せたがる変態なのか。どちらにせよ全くもって生産性の無い予備動作なことだ。
…いい加減に授業も開始する時間になったのだけど。
そろそろこの状況をどうにかしようと、本格的に澄織がキレそうになった瞬間――、

「うわぁっ!?」

ドンッ!と人ごみに押し出されて、唐突に綱吉が地面に倒れた。
いつもうざったらしい程に横にへばり付いている忠犬は、何故か今日に限って休みのようである。あまりにしつこく綱吉に引っ付いているので闇口かと思ったのは杞憂だったらしい。

本当に、お約束のような人だと澄織は心の中で呟きながらも、武器に掛けた手を離し、期待の目を彼に向けた。
なにしろ彼は《いつも何かが周りで起こる》人物。俗にいうトラブルメイカー。
まるでそれは、かの戯言遣いのようにホイホイと事件や事故を集めるのだ。
好奇心旺盛、楽しいもの好きなまだまだ子供の澄織が、そんな目を向けるのは無理もない。





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