白い場所は嫌いじゃない。
友だちの幸村くんが苦手だからといって、わたしはこの場所を憎んだり、けなしたりすることはできなかった。
たとえここが無機質な白だとしても、やっぱり白は特別だから。
あたたかい白。
なんでも包みこみ、照らしだしてくれる白。
白が私の側にあるというだけで、こんなにも私の心は揺さぶられる。

「あ、また会ったね」

病院に行ったら、知りあいとばったり出くわした。涼しげな待合室だから、そのまま立ち止まって話しかけてみた。
わたしの言葉で、知りあい、もとい柳生くんはきょとんとした顔になった。

「そうでしたか?」
「うん。この前に会ったよ」

こんなもの、ただの言葉遊びだ。わたしが先日に会ったのは仁王くん。柳生くんはただの他人の空似。
それにしても、見れば見るほど、柳生くんは仁王くんにそっくりだ。顔つきもそうだけど、流れる雰囲気が似ている。お互いに、つかずはなれずの距離を見きわめるのがとても上手いのだと思う。こんなにそっくりなら、私が柳生くんのことを仁王くんと呼んでしまっても許されるんじゃないのだろうか。
まじまじと柳生くんを見ていると、紳士な彼は少し困った顔になった。

「あの……なにか、私に付いてますか?」

おずおずと的外れな質問を出すところは、仁王くんと違うところ。
仁王くんはどちらかといえば観察力にすぐれていて、わたしがじいっと見ているとすぐに的確な言葉を投げかけてくれる。
でも、柳生くんのこういう違いもきらいじゃない。むしろ、察してほしくないときにはとてもいい長所だった。

「うん。ステキな長所がね」
「……?」
「大切にしてね」

膝下のスカートがふわりとゆれる。どうやらここは風通しがいいらしい。
ずっと立つのもなんだかなぁと考えていたら、柳生くんはすっと空いている椅子まで案内してくれた。さすがは紳士と呼ばれるだけはある。すごく気がきく人だ。
お礼を言ったら、「男として当然のことをしたまでですよ」とゆるやかに微笑まれた。

「それで、柳生くんはどうしてここに?」
「すこし母に用事がありまして、ナースステーションにまで足を運んでいました」
「えっ? 柳生くんのお母さん、看護師さんなの?」
「ええ。そうなんです」

つまり、ここにいる新しい呼び名の職業、もとい看護師さんたちのなかに柳生くんのお母さんがいるのだ。
それになるほどと納得できるのは、ずいぶん前に、柳生くんのお父さんがお医者さんだと聞いたことがあるからだろう。もしかして、職場結婚というやつなのだろか。

「お父さんはお医者さんで、お母さんは看護師さんって、なんだかすごいね。やっぱり大変?」
「父も母も不定期な夜勤があるのでなかなか会えませんが、慣れたらそれほどでもありませんよ。とくに、いまは小さい妹がいるので、母は夜勤の仕事を減らしていますし」
「へー……。柳生くんは、妹ちゃんのお世話もしているんだね」
「そうですね。とはいえ、もう幼稚園に上がったのでたいした世話は必要ありませんが」
「そうかなぁ。やっぱり兄妹なんだから、相手にしてくれるだけでも嬉しいよ。きっとね」

わたしは兄弟も姉妹もいない一人っ子で、母親は専業主婦だから、柳生くんの生きる世界の感覚も、妹ちゃんの気持ちもなにひとつわからない。
これは、そうだったらいいな、という勝手な祈りをこめてみただけなのだ。
それなのに、柳生くんは嬉しそうに微笑んでくれた。

「ありがとうございます」
「いえいえ」

おたがいに笑顔になって、それからたわいもない話をすこしだけ交えた。世間話のような、自分の考えを言いあうような会話。きっとあとで振りかえったら、その有無すらあいまいになってしまいそうな、本当に平和な話しあいだ。
そのままつれづれに話題を交わしながら、わたしはふと、誰かからの受け売りの言葉を思いだした。

「――『真実は、隠れんぼをするのが得意だ』って、昔に聞いたことがあるよ」
「隠れんぼですか。なかなかいい表現ですね」
「『必死になって探しても、冷静になって探しても、なかなか見つからない。あたかも迷子を探すようだ』ってね。もしかすると、真実は迷子と同じなのかもしれないね。真実を隠して秘密にするのは、わざと迷子にさせるようなもの。……そう思わない?」

柳生くんは首をかしげた。
眼鏡さえかけていなければ、本当に髪型が真面目なだけの仁王くんのように見えた。
わたしの世界の銀色は白。茶色は淡い黒になったから。

――これから出る症状としては、まず記憶の混濁と、強度の色弱ですね。

色がわからない。
わたしの世界はもう、柳生くんの正しい世界とつながり合えない。柳生くんの色も、あの花の色も同じにしか見えなかった。それとも、最初から同じなんだっけ。そんなことすら、いまのわたしにはわからないのだ。

……だから、わたしは柳生くんと話しているのに、ずっと仁王くんと会話をしている気持ちでいたんだ。
この言葉も、仁王くんに届けばいいのに。
そんな、すこしの遊び心。

ねぇ仁王くん。

「わたし、ほんとうはもう知っているんだよ」
「……?」
「ううん、なんでもない。もし、柳生くんが迷子みたいな人を見つけたら、そのときはよろしくね」

無責任に、風船に手紙をくくりつけて飛ばすように、わたしはあなたにこの心を贈りたいと思います。




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -