優しい手


新学期が始まったばかりのホグワーツの早朝。同室の生徒たちがまだ眠り込んでいるなか、なんとなく早く目が覚めてしまったハリーはベッドの縁に腰掛け、ハグリッドからのプレゼントであるアルバムを膝の上に置いて眺めていた。
アルバムには両親の写真が詰まっている。一枚一枚、指でなぞるようにじっくりと写真を見つめてはページをめくる。アルバム自体は去年度の学期末に受け取ったものだったが、ダーズリー家では教科書ごと取り上げられたり、ロンの家では忙しく過ごしていたため、こうして改めて落ち着いて眺めるのは初めてだった。

自分と同じホグワーツの制服を着る両親が、写真の中で動き回っている。見知らぬ友人と笑いあっている父親。本を片手に手を振る母親。ハリーの両親もこのホグワーツで学んでいたという事実は、ハリーに不思議な感慨をもたらした。
父さん、母さんにも学生だったときがあるんだ。それは両親を知らないハリーにとって、親とのつながりを目に見えて感じさせてくれるものだった。ハリーにとって、ホグワーツは大切な帰るべき家であり、孤独な気持ちを和らげてくれる唯一の居場所に違いなかった。
早朝の爽やかな空気と相まって穏やかな気持ちでページをめくっていると、ふと、一枚の写真が目についた。

「これは……」

それは、二人の人間が写っている写真だった。
東洋人の女性が、ハリーの母であるリリーと仲良さそうに笑いあっている。場所はおそらくホグワーツの湖の近くだろう。年齢はまだ十五、六だろうか。休日なのか、私服で木陰に座りこみ、ときおり、はにかみながらも笑顔を撮影者に向けている。
ごくありふれた、幸せそうな写真だ。もう十年以上昔になるだろう平和な日常風景。女性の名前など知るよしもない。しかし、ハリーはその東洋人に見覚えがあった。

女性は、ミユキにそっくりだった。黒い髪と眼。東洋人特有の肌。ミユキが成長したらこうなるであろう容姿を、そっくりそのまま現していた。
ハリーは東洋人に詳しくないため、ミユキの容姿がどの程度、特徴的なのかはわからない。しかし、同じ寮生として一年以上顔を合わせていたら、さすがに覚えてしまう。

ミユキに似た女性は、リリーと仲が良さそうだった。同じグリフィンドール寮なのだろうか。友人関係なのだろうか。
一体、この人は何者なんだろう。ハリーは頭に浮かんだ同寮の少女――ミユキに尋ねてみようと心に決めた。



「ねぇ、ミユキ。ちょっといい?」

その日の午後、ハリーは大広間で昼食を取っていたミユキを見つけた。いつものように彼女はひとりきりだった。彼女に友人はいないのだろうか。
ハリーは彼女の隣に座ると、きょとんと不思議そうにする顔をそのままに、件の写真を卓上に置いた。

「この人、ミユキの親戚?」
「えっ」
「ほら見て、ミユキにそっくりだから」

ミユキは写真をまじまじと見つめた。改めて見比べてみると、いよいよ両者は似通っている。
しばらくミユキは考えこんでいるようだったが、ついに手に持つスプーンを食器の上に置いて、ほうと息を吐いた。その顔はやや物憂げだ。

「残念だけど、わたしには両親の記憶がないの。孤児として教会で育てられたからね。でも……そうだね、この人がわたしの親戚だったら嬉しいかもしれない」
「そっか。……いやなことを訊いちゃってごめん」
「ううん。わたしも自分が孤児だなんて、周りに言ったことがなかったから。仕方ないよ」

ミユキはにこりと笑みを浮かべる。ハリーは残念な心持ちがしたが、それよりも彼女が自分と同じ立場だったということに驚いた。入学して一年以上が経つというのに、ハリーはまったくそれを知らなかったのだ。
教えくれてもよかったのに。そうしたら、同じ孤児だという気持ちを分かち合えていたはずなのに。自分が孤児であると簡単に吹聴できないことを頭ではわかっていたが、それでも彼女に対する寂しい思いがハリーの心をちくりと刺した。
だがハリーは健気にも、ミユキに親切心を出した。

「この人について調べてみよっか? ハグリッドなら知っているかもしれないし」
「ううん、いいよ」
「えっ。知りたくないの?」
「うん。わたしに親類がいないことは、ずいぶん前から分かっていることだから。いまさら現れるようなことはないよ」
「……ごめん」

いよいよハリーは項垂れた。自分は親戚がいるだけでもまだましな方だということを、すっかり失念していた。無神経だと思われても無理はない。これではミユキがいつまで経っても自分について言わないわけだ。

「ハリーは優しいね」

しかしミユキは微笑んで、ハリーの頭を撫でると席を立った。彼女の席にはまだ多くの昼食が残っていた。恐らく食が細いのだろう。
頭を撫でられた記憶などほとんどないハリーは、しばらくぽかんとしてミユキの立ち去る姿を見つめていた。だが、ようやくそれが彼女からの慰めだということに気づいたときには、彼女は既に大広間から立ち去っており、残されたご飯は食器と共に消えていた。

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