Baby/01


昔々の、とある町の話だ。
その町に暮らすエレンは、生まれた頃から大人しい子どもだと言われていた。
普通の子どものようにぐずらず、喧嘩をせず、騒がない。赤ん坊の頃から――噂によるとだ――人形のように静かだったらしい。
この話だけを聞けば、大抵の大人ならば(特に騒がしいやんちゃ盛りの子を持つ大人ならば)、羨ましい存在だとため息のひとつでもついただろう。しかしながらエレンの両親にいたっては、この異常なまでに物静かな子どもを羨ましいとも、素晴らしいとも考えていなかった。それどころか「気味が悪い」と邪険に扱ったのである。

もちろん生まれたばかりの頃は、エレンの両親もごく普通の家庭のように、この小さな庇護すべき対象を慈しんだ。常時眠たげにしていても、あまり夜泣きをしなくても、『なんて大人しい子どもなんだ』と、育児書に書かれている理想的な子どもよりも手のかからない我が子の存在を喜んだものである。
だが次第に彼らは、この小さな存在がただ愛すべき存在なのかということを疑うようになっていったのだ。

まず、目つきが普通ではなかった。普遍的すぎる赤子しか知らない彼らでも、しばらくするうちに、自分たちの子どもの目つき、はたまた雰囲気がおかしいことに気づいてしまった。
ごく普遍の子どもならば、新たな世界への誕生で、見るもの全てにキラキラと輝く視線を送るのが当然なのである。だが、このエレンという赤子はまるで達観しきった僧のように、片時も目を光らせずにただぼんやりとしていたのだ。

次に、成長の異常さがあった。明らかにエレンの成長は、インターネットや育児書に載る子どものものとは異なっていた。速いだけならばまだ良いのだが、どこかこの赤子の成長はちぐはぐだったのである。寝返りも打てないのにはいはいをしようとしたり、歩けもしないのにまともな言葉を喋ろうとする。知らない表現や言語が口からこぼれ落ち、教えたはずのないことを簡単にやってのける――。
なにもかもが異常だった。
これに恐怖を抱いた夫婦が子どもを捨てなかっただけ、まだ理性か情があっただろう。しかし、その代わりにエレンの両親は人間としてごく当然とも言える行動を起こした。――つまり、この奇怪な子どもを迫害したのである。

数年後、夫婦は第二子を得た。
次の子はまともになりますように。そう願って育てられた子どもの名はアニーという。
彼らにとって忌まわしき子ども、エレンのフルネームは――エレン・シャン。
のちに、大量殺人鬼として指名手配される人間の名前である。


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