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ある日、エレンは窓際に座り、退屈そうに景色を眺めていた。日々の習慣のように覗く風景だからまったく面白みはないが、景色を眺めるほかエレンにはなにもしようがないのである。
教室に友人はおらず、またエレンに作る気などさらさらない。ときおり、お節介な生徒が近づいてくるが、エレンがけだるそうにそちらを見ると、びくりと身体を揺らして逃げ去るのであった。

なぜエレンを見た人々は逃げるのか。彼女自身は幾度となく首を傾げたが、深く追求することはなかった。これは彼女が亡くなるまで知らされないことなのだが――エレン・シャンの目には魔力が宿っているという、ありもしない噂が流れていたからであった。
おそらく、この噂は彼女の両親の発言――『あの子の目は気味が悪い』――に基づいて、噂に噂を継ぐたびにだんだんと脚色がつき、そのようなありえない話にまで発展したのだろう。
生気が感じられないエメラルドの瞳は、たしかに一目すると魔が篭っているように感じられなくもない。だが、なによりも魔的だと表現されるのは、彼女の瞳の奥には大人でさえたじろぐほどの、異様なまでの静けさが込められているからだった。

ゆえに、生徒たちは変なお節介心と好奇心から皆から孤立している哀れなエレンに近づくものの、その瞳をひとたび目にすると、噂は確かだったと思い知って踵を返すのだった。
……そう。ただ一人を除いては。

「エレンー! なにしょげた顔してんだよ?」
「しょげてなんて、ないよ」

エレンの背後からのしかかり、体重をかけるこの少年――スティーブ・レナードだけは、この孤立する少女に関わろうとする唯一の存在だった。
自分と関わっていても損しかない。いつか後悔をするはめになる。幾度となくエレンがそう諭そうとも、スティーブはニヤニヤといわくありげな笑みを浮かべて流すばかりだった。
きっと周りの大人たちからもなにかと言われているだろうに。エレンがそう心配したのは最初だけだった。なにしろこのスティーブ・レナードは、エレン以上の典型的な問題児だったのである。
だからエレンがいくらスティーブと仲良くしようとも、大人は安心すれこそ、心配はしないのだ。いわゆるゴミは他のゴミと一緒くたにしてしまえという心理である。――エレンはそう考えていた。

そして良い噂を聞かないスティーブが、こうもエレンを気にかける理由は決して親切心からのものではないことを、エレンは理由を知らずともはっきりと感じていた。
エレンが知る限りでは、この問題児は奇怪で異形なフリーク好きであり、特にバンパイアに強く惹かれていたはずだった。先生に提出する自由作文に、バンパイアになることへの憧れをつらつらと書き上げてしまうほどに彼は熱中しているのだ。不思議なまでに孤立をしている子供に近づくのはそのためだとエレンは考えていた。
もちろん、その予想は遠からず当たっており、そんなスティーブが魔的な目を持つと噂されるエレンに近づこうとしないわけがなかったのである。

初めてスティーブ・レナードに出会ったときの一声が、エレンはいまだに忘れられない。

“――なぁ、お前、魔女なんだろ?”

興味と、畏れと、期待をないまぜにした、いままでエレンが受けたことのない種類の視線。あまりの新鮮さに、彼女は呆れるよりもまず、面白いと感じた。

“――そうだといいけどね。残念ながら魔法を使えるほどに、夢の世界には生きていないよ。”

手を伸ばして繋がることを求めたのは、いったいどちらが先だったのだろうか。


「――……なぁー、エレン。聞いてんのか?」
「え、ああ、うん。もちろん。……で、なんだっけ」
「あーだからさ、これ面白そうじゃねぇの? って訊いてたんだけどよ」

アランの兄が貰ってきたらしいそれは、スティーブの手の中でひらひらと揺らされていた。おおかたアランから奪ってきたのだろうが、エレンはそれを咎める気はない。どうせなにを言ったところで無駄だとわかっているからだ。
紙が揺れているために確かなことはわからないが、どうやら全体的に暗い色を基調とした、どこかのサーカスの広告のようだ。役者の名前がおどろおどろしく血が滴るように書いてあったり、蜘蛛の巣の絵がレイアウトされていることから、おおよそ子ども向けの、明るいエンターテイメント性は期待できないだろう。

揺れ動く文字を面倒に思ったエレンはスティーブから直接紙を取り――クラスのどこかでうめき声が聞こえたが、おそらくアランだろう――、一番大きく書かれている文字を読み上げる。

「シルク……ド、フリーク?」
「そうそう。フランス語でシルクは“サーカス”、フリークは“異形”って意味なんだぜ」

それくらい知っている。エレンは自慢げなスティーブを無視したまま、視線を下へと落とす。
どうやらフリークと名乗るにふさわしく、普通のサーカスではまず目にかかれないような単語が見受けられた。一見しただけでも、歯女や蛇少年が一般的なサーカスに出るとは到底思えない。
――となると、エレンはこの次にスティーブからなにを言われるかの予想がついてしまった。

「なぁ、一緒にシルク・ド・フリークに行こうぜ!」


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