探索/07


電車とバスにドナドナされて着いた場所は、街の静かな広場の隅にある、こじんまりとしたホテルだった。そうは言っても中はそれなりに整っているので、おそらくは中流階級向けのホテルなのだろう。私たちはカウンターの人からやや訝しげな視線を貰いながらチェックインした。
従業員が訝しむのも無理はない。ひとりは大きな傷痕を頬に付けて、不自然なオレンジ色の髪を生やしている男性だし、もうひとりはこの寒い時期にも関わらず、秋口の格好をしている男の子だ。両方とも青白い顔をしていて、不機嫌そうな雰囲気をしている。極めつけに、クリスマス前というこの時期に、都会のホテルにやって来るなど――怪しくないわけがない。

クレプスリーはお金をどこからともなく出してきて、二週間の滞在を願い出た。そんな大金をちらつかされたら、この時期に収益が減るホテル側が断れるわけがなく、何事もなく大人しくチェックインできた。
その様を目の当たりにした私は、改めて、人間界はお金さえ積めば解決できるシステムなのだと感心した。
都会はわりと、そういう面で見たらシンプルな構造をしているのかもしれない。もちろん限界はあるのだろうが、とある客がホテル内を生まれたままの姿で歩き回っているところを見るに、愛と命の問題以外は解決してしまいそうな気がしてならない。


都会の環境の気持ち悪さから、最初の数日間は布団にこもって唸っていたが、次第に慣れてくると、普通に動けるようになった。
さしたる予定のない私は暇だった。なので、日課として書いていた原作のダレン・シャンシリーズを、この際、一気に進めることにした。
まずは日本語で五巻を終盤まで書きすすめた。同時に、英語版も一巻からゆっくりと書きはじめた。ノートは三冊しか持ってきていないので字は細かい。
正直、私の綴りや文法が正しいとは到底思えなかった。なにしろ中学校に上がる前から旅を初めたのだから、英語の難しい部分の知識はかなりあやふやなのである。辞書を欲しいとは思うが、持ち歩くにはかさ張るので泣く泣く諦めている。電子辞書が早く開発されることをささやかに願っていた。(今の西暦は1998年だ。)

クレプスリーは明け方にホテルに帰ってきて、夜に眠る私とはすれ違いの生活を送っていた。血を飲まなくてはそろそろまずいような気がするのだが、クレプスリーは私になにも言わなかった。
それにしめしめと思いながらも、どこかで空腹を感じる自分に嫌悪した。私はもう、立派な半バンパイアになってしまったのだろう。もしかしたら明後日の夜あたりに、初めて自分で血を飲みに行くかもしれない。


さすがの私でも二週間近くホテルに缶詰で文章ばかりを書いていたら、そのうちに飽きてきてしまった。
とある晴れた寒い日、ふいに私は思い立ってホテルを出た。久々の外の空気は、都会の濁った空気であっても気持ち良かった。つい最近、雪が降ったばかりだということもあり、涼やかな気温が気持ちいい。

この街がクレプスリーの出身地であるということは、つまり、ここにクレプスリーの生家と墓があることになる。
クレプスリーのファン(原作の、だ。現実のクレプスリーのファンではない)である私としては、ぜひとも訪れたい場所だった。いわゆる聖地巡礼である。

さくさくと雪を踏みながら数分間歩いたところで、私はクレプスリーの家の場所を知らないことに気づいて足を止めた。魚の加工工場から徒歩で行ける圏内だということは知っているが、その他の情報は頭にはない。

「……このまま適当に歩けば、いつかは着くかも」

希望的観測を呟く。吐いた息は白くなってふわりと消えた。
ずっと悩むのも面倒だし、すぐにホテルに戻るつもりもなかったので、私は足をまた動かしはじめた。

クレプスリーの生家が見つからなくとも、この街の観光ができたらそれでいいじゃないか。
涼しい空気に当てられて、すっかり軽い気分になっていた私は、クリスマスで盛り上がる雑多な街中を歩き進めた。


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