都会/06


私は電車に揺られていた。場所は向かい合わせになる座席の窓際。目の前には師匠兼、保護者であるバンパイアのクレプスリーが座っている。私たちふたりは無言だった。というより、不機嫌だった。

私たちは原作通りにクレプスリーの生まれ故郷へと向かっていた。私が特になにも言わなかったので、エブラはシルク・ド・フリークに残って、マダム・オクタの世話をしている(はずだ。なにしろエブラはマダム・オクタが苦手らしいので、“うっかり”殺している可能性があるのだ。私としては嬉しいこと極まりない“うっかり”なのだが)。移動手段はほとんどがバスと電車だった。それなりに快適で静かな旅だった。――旅をする者が人間だったならば、の話だが。

私たちが不機嫌な理由は簡単だ。バンパイアだからである。バンパイアにとって、人間の世界は騒がしすぎるのだ。

ここ数週間の移動は悪夢だった。鼻につく匂いは混ざりすぎて気持ち悪いし、音は騒がしすぎて耳を塞ぎたくなる。香水やゴミの匂い、人の笑い声や携帯を弄る音、電車が揺れる音だけでも頭が痛くなってしまう。ノイズの混じるラジオをずっと耳元で聞かされつづけ、なおかつゴミ箱に頭をぶち込まれたような感覚だった。
いまでさえこれなのだから、都会に到着したらどうなってしまうのだろう。想像だに恐ろしい。

私は憂鬱な目で流れる景色を見た。ビルが森のようにわさわさと生えている。川の色は濁っている。空気は確実に淀んでいるだろう。泣きたくなるほど劣悪な環境である。
人間だったころは気にすることがなかったが、都会というものは騒がしすぎる。都市伝説にバンパイアがいない理由がよく分かる。熱帯魚が極寒の環境に堪えられないように、バンパイアは都会では生きていけないのだ。

だんだんと速度を緩めていく電車を恨めしく思った。電車のなかは最悪だったが、それ以上に外の世界は最悪なのである。同時にシルク・ド・フリークを懐かしく思った。静かな環境。少人数のささやかな生活。喧しいテレビやゲームのないトレーラー。小鳥の柔らかな鳴き声を聞きながら目覚める朝――。

「降りたら次はバスに乗るぞ」

車内アナウンスが鳴る前に、クレプスリーは立ち上がり、さらりと私に死刑宣告を出した。
いっそ「ふざけるな」と言いながら張ったおしてやろうかと思った。しかし反撃を喰らうのは目に見えている。代わりに、私は小さくうめき声を出して頭を抱えた。

都会なんて爆発すればいい。
本心から、そう思う。


prev top next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -