堅物/03


このトレーラー内で動揺している者はひとりもいなかった。私は侵入者の正体を知っていたし、クレプスリーは侵入者の存在を知っていた。侵入者も本気で殺しにかかっているわけではないのだから、動揺する必要なんてない。
そんなわけでしばらくの沈黙のあと、クレプスリーが首元のナイフをどけて、ふぅーと溜め息をついた。

「おいガブナー、いつものことだが、貴様の足音なんぞ一キロ先から聞こえとるぞ」
「嘘をつけ!」
「嘘なものか。それに、貴様ほどのゼェゼェハァハァと息遣いが荒い者は、この世に二人とおらんわい」
「くそっ。いいかラーテン、いつかきっとお前をぎゃふんと言わせてやる。泣きを見ても知らないからな」

クレプスリーはその侵入者の悪態にクスクスと笑い、「そうなったら我が輩も己の面目を恥じて、さっさと引退してやるわい」と軽い冗談を口にしていた。

「それに見ろ、こいつもまったく怯えてないぞ」
「……あーあ、なんてこった。俺は子供を脅かすことすらできないのか」

侵入者はそこで肩を落とし、大袈裟に首を振った。
そこでようやく私は侵入者をまじまじと見ることができた。
茶色の短髪。傷痕と痣の多い顔。がっしりとした体格。荒い息。――そして、すべての指先にある傷。
ガブナーだ! 私は興奮した。クレプスリーの息子同然のガブナーと、とうとう出会えた!
原作ファンの人なら、クレプスリーとガブナーは大興奮の組み合わせだろう。クレプスリーとは毎日のように顔を合わせているからどうとも思わないが、やはりガブナーが一緒だと気持ちが盛り上がる。

「ダレン、こいつはガブナー・パールだ。我が輩の古い友人だ。ガブナー、この子はダレン・シャンだ」

はじめまして、とガブナーは私に握手をしてくれた。興奮で私の目は輝いていたにちがいない。なにしろ、クレプスリーがなんだか訝しげな視線を向けてきたのだから。

「まさか、君も俺の足音が聞こえたのかい?」
「ううん。でもクレプスリーが慌てていないから大丈夫かなって思って」

もちろん嘘だ。にへらっと笑う私は、そろそろ主演女優賞でも狙えそうなものである。
そんな猫かぶりを見て、普段の私を知るクレプスリーは先ほど以上に訝しげな様子になった。 びしばし刺さる視線がかなり痛い。
たぶん、なぜ猫かぶりをしているのかがわからないからだろう。
そりゃあ、好きな人物の前では――特に初対面のときは、いい顔をしたくなるのは当然じゃないか。

「ねぇ、ガブナーはバンパイアだよね? 何歳? 普段はなにしているの?」

とりあえず、私は逃げるようにガブナーに質問をした。

「ああ、そうだ。俺はつい最近、百歳になったばかりだな。普段はバンパイア将軍として仕事をしているよ」
「戦ったりするの?」
「いや、そんなにはしない。掟を破るようなバンパイアはそうそう現れないしな」
「へぇー……かっこいい……」

私の呟いた言葉で、ガブナーは嬉しそうに笑った。

「ありがとう。でも、それを言うならラーテンだってすごいんだぞ。なにせラーテンはバンパイア将軍から――」
「ガブナー! 無駄話をしにきたならつまみ出すぞ!」
「おっと、ごめん。この話は駄目なのか?」
「ああ。だいたい貴様は用があって来たのだろう? さっさと我が輩の過ちを裁いてくれないか」

クレプスリーは真面目な表情でガブナーに向かう。
しかし、まったく心当たりのないガブナーはきょとん目を見開いていた。

「過ち? 裁く? いったいなんの話だ?」
「ダレンのことで来たのではないのか?」
「はぁ? なんでこの子が話題に……って、ちょっと待てよ……」

ガブナーは私の目をまじまじと覗き込んだ。これでバンパイアかどうかがわかるなんて、私にはまったく理解できない。
さらに私の指先を見、ガブナーは声を上げた。

「この子、半バンパイアじゃないか! 手下にしたのか?」
「そうだ。普通は、完全なバンパイアを手下にはせんだろうが」
「子供だって普通は手下にしないもんだ! いったい、どういうつもりなんだ?」
「理由は話せば長くなる。将軍に会えなかったら、次のバンパイア総会にダレンを連れていくつもりだった。でも、貴様がいるならその必要もなくなったな。ここで我が輩の行動を裁いてくれ」
「この俺が? お前を裁く?」

冗談だろう、とガブナーは口角を引きつらせて笑った。

「お断りだね。お前のことはバンパイア総会に任せるよ。こういった面倒なことに巻き込まれるのだけは、絶対にごめんだぜ」

ガブナーはきっぱりと言い切った。彼の様子から説得は無理だと思ったのか、クレプスリーはふうと息を吐き、ならばと話を変えてきた。

「では、なぜここに来た? 最後に会ったとき、はっきり言ったはずだぞ。今後一切、バンパイア将軍とは関わりを持たんとな」
「わかってるって。ずいぶんはっきりと言ってくれたからな。いやなに、ちょっとした個人的な話があってさ……」
「個人的な話?」
「お前の過去に触れる話なんだが……。さっきの様子から察するに、ひょっとしてダレンには知らせたくない内容かもしれない」

というガブナーの言葉に、クレプスリーはすぐに頷いた。

「ダレン、我が輩はガブナーと二人きりで、我が輩の部屋で相談する。すまんがミスター・トールに、今晩はショーに出られないと伝えておいてくれ。代わりにお前ひとりでショーに出ろ」
「ええー! あの蜘蛛と二人っきり!?」
「いい加減あきらめて慣れるんだな」
「でも……」
「“でも”じゃない! 盗み聞きもするでないぞ!」
「はーい……」

私はすごすごと引き下がった。実のところ、クレプスリーの過去はほとんど全部知っているから、のけ者にされる必要はないのだ。でも、そんなことを言ったところで、信じてくれるわけがない。できることならファンとして、この偽親子の会話を聞いてみたかったのだが。
しょんぼりとする私を見て、ガブナーは笑いながら慰めの言葉をかけてくれた。

「おいダレン、元気だせよ。あとでラーテンがいなくなったら教えてやるからさ」
「ガブナー!」
「冗談だよ、冗談!」

ガブナーは手を挙げて、まあまあとクレプスリーを宥めて笑った。そして、こちらを見て、ぱちりとウインクしてきてくれた。
きっと、私たちの考えていることは同じだろう。

ああ、なんでこんなにクレプスリーは頑固なんだろう!


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