ナイフ/02


その後、奇跡的に野生の鹿を発見したため、本日の私の死骸集めはなんとか終わりを迎えた。あとはエブラと共に洗濯をしたり、公演準備の手伝いをしたりして、夕方までは慌ただしく過ごした。

テントに戻った私は、さて、といつもの日記帳を開いた。一年半も経てばそれなりに溜まるもので、私の原作記録はもう五巻まで進んでいた。思い出すだけだからら、予想以上に早く進んだのだ。
中身は全て日本語で書かれているため、英語圏の人から見れば、とち狂った暗号文章だと思われても仕方ないだろう。クレプスリーは私のこの日課を知っているようだったが、人の趣味にとやかく言うつもりはないのか、特になにかを口出しされた覚えはなかった。

シャーペンを顎でカチカチ鳴らし、私は昔の記憶を必死に掘り起こす。五巻の内容は……たしかダレンが力量の試練に挑戦していくものだったか。なんやかんやで最後にはガブナーが殺されたような気がする。そしてダレンは航海の間からどぼん。
……ガブナーの死因はカーダの裏切りだが、一族のために動いたことを、はたして本当に裏切りと呼べるかどうかは自信がなかった。
善悪の判断は、主観が変わればいとも簡単に推移する。血を飲むバンパイアは人間からすれば悪かもしれない。しかしバンパイアからすると、ただ血を飲もうとしているだけなのに攻撃してくる人間こそが悪だ。だから性善説だとか性悪説かの討論なんて、ちゃんちゃらおかしいものだと思う。
カーダにしかり、バンパニーズにしかり、この世界は二元論では割り切れないものばかりである。そのなかで私たちはどんな線引きをし、認めていくかが大切なのだろう。

とりあえず、目下の問題はクリスマスだなと呟き、私は日記を書きはじめようとペンを紙につけた。しかし、無作法な侵入者がやってきたために日記を閉じざるをえなくなった。

「あのねぇ……部屋に入るときはノックくらいしてくれないかな」
「ふん、それくらい自分でわからんか」
「つねに神経を張り詰められるわけがないでしょ」

私がじろりとにらんだ相手――クレプスリーは、どうにも私に不意打ちをかけてみるのが好きらしい。『バンパイアたるもの、常時、気を張ることが当然だ』という考えをお持ちのようで、こうして隙を見てはぼんやりしている私をいじめにやって来るのである。
そうだ、これは訓練ではなくいじめだ。まったく、プライバシーの欠片もあったもんじゃない。いくら仲良くなろうとも、許せるものと、そうじゃないものの区別くらいはできる。

「だいたい、あんただって警戒心を解くときはあるだろ。なんで僕にだけ強制するのさ」
「それは我が輩が警戒するしないの切り替えをちゃんとできているからだ。
 お前はまず、いつでも神経を研ぎ澄ます練習をしなきゃならん。そうすることで、自在に集中力をコントロールできるようになるのだぞ」
「僕、べつに戦争に行く予定はないんだけど……」

私がそう言うと、クレプスリーは呆れたように鼻を鳴らした。

「なにを言うか。バンパイアたるもの、日々挑戦することが大切なのだ。高い能力を持っていても、使うことがなければ宝の持ち腐れになるだろうが」
「あー、はいはい。わかったよ」

おそらく避けられないであろう力量の試練のことを考えたら、訓練をしていても損はないかもしれない。

「でも、あんただって、油断していたらやられるんじゃないの?」
「そんなわけがあるか――」
「そうだぞ! 年寄りのバンパイアは簡単にくたばる!」

そのとき、テントに誰かが入ってきて、勝ち誇った声を響かせた。
侵入者はそのままクレプスリーの首元にナイフを突き付け――そして――。


prev top next

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -