暴露/13


反射的にサムの手を掴んだ(もちろん軽くだ)私が真っ先に頭に思い浮かべた人物は、ミスター・トールではなくクレプスリーだった。トレーラーはそこまで遠くはないし、仮にも私は半バンパイアだ。そこそこのスピードなら出せる自信がある。
お荷物なサムを文字通り荷物を扱うかのように腕に抱え直すと、私はすぐに走り出した。獣の匂いはまだ近づいていないが、うかうかしていたらすぐに殺されるだろう。
もちろん私ではなく、サムがだ。

「いきなりなんなのさダレン!?」
「いいから黙って。死にたくなければ!」

バンパイアもびっくりなスピードを出せた自信がある。私は十秒もかからないうちにクレプスリーのトレーラーへと到着し、躊躇いもなくドアを開けた。
後ろ手で鍵をかけながら棺のほうを見ると、やはりそこにはクレプスリーがいた。片手に血の入ったボトルを持ち、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。

「おい、なんなのだ。ノックもせんとずかずかと――」
「ノックしてる暇なんてないよ。ウルフマンが逃走した」
「なに?」
「早く捕まえなくちゃ、誰かがウルフマンのおやつになっちゃうよ」
「……場所は?」
「わからない。でも、たぶんサムが――この子が一番いい餌だと見なしたから、もしかしたらここらに近づいてきているかも」

クレプスリーは半信半疑といった様子だったが、私の緊迫した雰囲気を見て、信じるほうを取ったようだ。
ふむ、と軽く頷くと、しばらく目を閉じ――ミスター・トールにテレパシーを送っているのだろう――、それを終えると同時に片手にあったボトルを私のほうへ投げてよこした。「もしものために飲んでおけ」だそうだ。誰が飲んでやるもんか。
クレプスリーは深紅のマントを羽織りつつ、扉のほうへ近づいてくる。真剣な表情で、出入口のそばに立つ私の目を見つめた。

「ミスター・トールが来るまでの間、我が輩が捜索しにいく。もしかしたら、我が輩が捕獲できるかもしれんしな」
「ありがとう。ここで待ってるよ」
「そうしておけ」

クレプスリーはトレーラーの外の気配を確認し、何もいないことがわかると、サッと外へと消え失せた。
私はそこでほっと安堵して、身体の力をようやく抜いた。まだなにも解決していないが、クレプスリーがウルフマンの対処をしてくれたならば解決したも同然だ。原作でもクレプスリーはやすやすとあれを倒していたし、なんといっても元バンパイア将軍だ。負けるわけがない。
改めて落ち着いてみると、私の傍にいたサムはぽかんとした顔でこちらを向いていることに気づいた。
まずい。すっかり忘れていた。

「……さっきの人って、なに?」
「あー、うん」

「だれ?」ではなく、「なに?」と訊かれたことが痛かった。それではほとんど、クレプスリーが人ではないと確信しているようなものではないか。

「あの人、サッと消えたよ? しかも真っ赤なマントでさ。ね、ね、あれマジック? あと、その瓶の中身ってなに? あの人は飲んでたけど、赤くてドロッとしてるよね。まさかblood(血)?」

うん、そうだよbladder(おしゃべりさん)。彼は立派なバンパイアだし、このボトルの中身はとってもおいしい人間の血さ。
なんて言えるわけがなく、私は言葉を濁した。

「彼はマジック、つまり魔法だよ……うん。これはシソを煮たやつであって、血でもなんでもなくて……」
「じゃあ、なんで飲めってあの人は言ったの? ねえなんで? シソなら美容効果くらいしかないって僕のお母さんが言ってたよ? ねえ、ちゃんと答えてよ、ダレン」

生まれてはじめて子供を殴り倒してやりたいと思った。私がやったら洒落にならないので、想像に収めておくけれども。

「ちょっと落ち着いてよ、サム」
「落ち着いてるよ?」
「いや、魔法だとか血だとか言う君が、落ち着いているとはまったく思えないね」
「……じゃあ、そのボトルの中身、飲んでみていい?」
「それは……」

ごまかすのが苦しくなってきた。
ここはやはり、年上として余裕の態度で挑むべきだろう。
私は観念して、おとなしく頷いた。

「……そうだね。サムの考える通りだよ」
「やっぱり! じゃああの人はバンパイアなんだね? そしてダレンも!」
「大正解。小さな名探偵の名推理だ。クレプスリーと僕はバンパイアであり、彼は僕の師匠で保護者なんだ。……そこで、サムに話があるんだけど」
「なに?」

純粋そうな目を輝かせ、サムはこちらをじっと見つめてくる。

「サムはシルク・ド・フリークに入りたいんだよね?」
「うん。なんて言われようが、もう決めたんだから」
「そのために人間をやめなくちゃいけなくても?」
「どういうこと?」
「……ただの子供は、シルク・ド・フリークにはいらないんだ。そして君をサーカスに入れる許可は、僕じゃなくて、僕の保護者が下せる。で、僕の保護者はさっき言った通り、バンパイアなんだ」
「つまり?」
「つまり――サムは僕と同じバンパイアにならなくちゃいけない。それが僕の保護者が課した、サーカスに入るための唯一の条件なんだ」

次にサムがなにを言うのかの予想がつきすぎていて、私は溜め息をついた。
ああ、面倒臭い。


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