猫/07


シルク・ド・フリークにやって来て早三日。私は原作通りに、サム・グレストと知り合ってしまった。サムはやはり、好奇心旺盛な子どもらしい子どもで、私と仲良くなることは無理なのではないかと考えていた。しかし、幸か不幸か、彼の包容力はかなりのもので、今まで子どもが寄りつかなかったのがなにかの悪い冗談だったかのように、私にベタベタとくっついて回ってきたのである。
これには驚いたが、好かれたことで悪い気分にはならないので、素直に喜ぶことにした。

ひと通り、サムにシルク・ド・フリークの芸人を紹介すると、サムはすっかり興奮しきった様子で私に飛びついた。

「うわぁ、やっぱりすごいね! ねえ、ダレンもなにか芸ができるの?」
「いや、ダレンは――」
「まあね。もちろんさ」

なに言ってんだお前は。とエブラから呆れた表情を向けられた。どうやら冗談だと思われたらしい。ただし、サムは私の言葉を聞いて、きらきらと純粋そうな目を輝かせた。

「なに? なにができるの?」
「まあ、見ててよ。サムはそこに立っていてね」
「うん」

不思議そうな顔をするサムから、私は一歩、二歩と後ろに下がり、最終的に約三、四メートルの距離をおいた。

「まばたきをしないで、見ててよね」

エブラもなにが起きるのか分からないようで、興味深そうに私を見る。二人の視線をひしひしと浴びていることを感じながら、私は脚の力を加えた。
ひゅん、と空気を裂く音が耳に響く。次の瞬間には、私はすでに三、四メートルの距離をゼロにし、サムの目前に立っていた。
実際は高速で走ったのだが、サムのようなただの人間からしてみたら、まるで一瞬のうちに移動をしたようにしか見えないだろう。
サムがなにも反応をしないので、私は肩を竦めて感想を聞いた。

「……どう?」
「――すごいよダレン! うわぁかっこいい! ねぇねぇ、このトリックってなに!?」

サムはいっそう目をきらめかせて私に飛びついた。エブラも、トリックはわかっているはずだが、感心したように口笛を吹いて軽く拍手をしてくれた。

これは、原作のダレンがデビーにバンパイアだと告白するときに使った技だ。あのダレン以上に未熟な私がやっても、成功するかどうかは確信がなかったため、少しだけひやりとしたのは秘密である。
サムが純粋に驚いている姿を見ると、半バンパイアでも十分人間離れをしていることを、改めて感じさせられてしまった。

「トリックは秘密。種明かしをしたら面白くないでしょ? だから、サムが自力で考えて解いてよ」
「ええー、けちだよそんなの」
「サムなら賢いからできるってば」
「よし、じゃあ頑張る!」

褒めたらすぐに簡単に乗ってくれた。私とエブラはくすくすと笑って、互いの顔を見合わせた。
そのうち、だんだんと暗くなってきて、私とエブラは仕事をしなくてはならない時間になった。しかし、サムはいつまで経っても帰るそぶりを見せない。そこで、今日はもう帰ったら? と私はなるべく押しつけがましく思われないように、さりげなくサムに声をかけた。
すると、案の定、サムは駄々をこねはじめた。

「ねぇ、もうちょっとだけ、居させてよ」
「そろそろご飯の時間だろ」
「ここで食べて帰るもん」
「サムの分まではないよ?」

もちろん嘘だ。

「いいよ。僕にはオニオンのピクルスがあるから」
「でも――」
「なら、まだ帰らなくてもいいか」

エブラの言葉を聞いて、サムはぱっと喜んた。が、そのあとの鮮やかなエブラの嘘に騙されて、また明日来ることの約束と共に、ようやく帰ってくれた。

「いい子だよね、サム」
「まあ、そうだよな」

しかし、サムのサーカスに入りたいという願いは叶えさせられそうにもない。なにせ、そのためにはバンパイアにならなくてはならないのだから。

「好奇心は猫をも殺す……か」
「え、なんだって?」
「いや、なんでもないよ。ただ、サムがシルク・ド・フリークに入るのは厳しそうだなって思って」
「よくわかってるな。たしかにそうだ。人には相応しい場所があって、サムにはサムの居場所がちゃんとあるんだから……、ここにはどうしたって向かないぜ」

そう。サムにはシルク・ド・フリークは向いていない。このまま好奇心で近づけば、命が奪われてしまう可能性があるほどに。
オニオンピクルスが好きな少年の最後を思い描いて、少しだけ、憂鬱な気持ちになった。どうしてダレン・シャンの人生はこんなにも波瀾万丈なのだろうか。齢十幾つのときに、人の生き死になんて見るべきではないはずなのに。

他人事のように考える私は、どうしたってこの世界を俯瞰的にしか見れていなかった。
つまるところ、所詮はただの物語の世界としか考えられなかったのだ。


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