Stepfather/05


世の中は不公平だ。
エレンはそのことを身を持って、重々承知していた。
生まれたときから一人一人の容姿や家庭環境は違うし、何回も幸運に巡り合える運の強さも違う。犬が歩いたからといって常に棒に当たれるわけがなく、溺れたときに掴んだ藁が千切れることだってある。いつも誰かが笑う裏で、どこかの誰かが泣いている。どちらを向いても、どこもかしこも、不公平で満ち溢れている。
それが、世の中というものだ。
エレンは今さらそれに文句を言うことはないし、言いたいとも思っていない。エレンにとって世の中とは不公平で、面倒なことばかりを押し付けてくる厄介者でしかないのだ。
だから、嫌いになれはすれこそ、期待なんて抱いたことがなかった。

「……でもさぁ、やっぱり思うんだよね。世の中ってつくづく不公平だ。爆発すればいいのに」
「唐突になにを言っておるのだ」
「だってさ、不公平じゃないか。ああやって普通に生活している家庭がある傍らで、こうやってバンパイアにされて、血を飲む飲まないで悩んだりする子どもがいるなんて」

エレンとクレプスリーの二人は、とある朽ち果てた教会で休憩していた。野宿は苦手なエレンだったが、クレプスリーに逆らうことに疲れたのか、はたまたこの件では逆らっても無駄だと悟っているのか、大人しくシチューの鍋を掻き混ぜていた。
日によるが、エレンはこうして気まぐれに不機嫌になることがある。初めの頃はそれを気にかけていたクレプスリーもいつしかそれに慣れて、今では軽くあしらうようになった。

「旅をできるのはいいけどさ。人間はやめたくなかったよ。長生きするだとか、超人的な力なんていらなかったし」
「なにを言うか。それこそお前が手にしたものだというのに」
「あー、はいはい。そうですね」

エレンは自棄になりながら、ぐるぐると杓子を回す。典型的な肉や野菜が浮かぶシチューは、エレンの腕の動きに合わせてふらふら湯気を出していた。クレプスリーの『万人すべからく料理を心得るべし』という教えのおかげなのか、元々の腕がいいからか、辺りに立ちこめる匂いは食欲をそそられるものとなっていた。
テーブルが見当たらないために、二人は皿を膝の上に乗せてそのシチューを食べた。エレンは評価が気になるのか、時おりクレプスリーのほうをちらりと見るが、無愛想なクレプスリーは黙々とエレンのシチューを食べ続けているばかりだった。
しばらくして完食すると、ようやく、クレプスリーは重い口を開けた。

「うむ。相変わらずの出来だな。そこらの子どものものよりかは、はるかに美味いが」
「あっそ」

いつもと変わらない、曖昧で遠回しな感想だった。ただ普段よりも強く褒めてくれたのは、クレプスリーが教えた通りに作ったからか。
エレンはふいと顔を逸らすが、その表情は少しだけ、ゆるんでいた。

エレン・シャンにとっても、前世の彼女にとっても、クレプスリーは初めて接するまともな――バンパイアということを除けばだが――大人だった。血を流し込んだ張本人であるし、性格は気難しいところもあるが、基本的にはエレンのことを気にして、優しくしてくれる。
エレンの記憶にある限りでは、たいていの大人からそのような態度を受けたことがない。そのため、クレプスリーの行為はとても新鮮だった。悪人でないことは重々承知しているから、もし憎まなくてはならないようなことをされていなければ、今ごろのエレンは、完全にクレプスリーのことを慕っていただろう。

ただ、やはり人間を辞めさせられたことは重い。

エレンの中には、そのことへの恨みと、優しくされたことへの気持ちが、相反して渦巻いていた。
だから、このようにわざと憎まれ口を叩いては、反応をおずおずと気にかけているのだ。まるで、幼い子どもが父親に構ってもらいたいがために、小さな悪戯をするように。

――もちろん、クレプスリーは、そんなことなど全く知るよしもない。
クレプスリーにとって、エレンは気にかかる、小さな息子のような存在であることは否めないのだが……。双方共に、距離感をよく掴めていないことだけは確かだった。


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