Name/17


クレプスリーが廃れた劇場に戻り、荷物をまとめている姿を、エレンは手持ち無沙汰に待っていた。時おり、興味深そうにクレプスリーの荷物をちらりと見るばかりで、たいていは指を触っていたりなど、暇を持て余していた。

「おい、貴様も手伝わんか」
「いいの? 復讐を考えている奴なんかに自分の荷物を触らせて」
「……ゆくゆくは雑用をさせるからな」

不機嫌そうにエレンを睨みつけると、クレプスリーはまた手を動かし始める。とは言っても、バンパイアの動きは早い。ものの数分で片付いてしまった。
トランクを持ち上げ、身なりを整えたクレプスリーは、エレンに向けて指差した。

「だいたい、貴様は――……、あー」
「……なに?」

クレプスリーは気まずそうにに頬を掻く。どうやら、何かを聞こうと迷っているらしい。

「……お前の名はなんという?」
「――は?」

しばらく呆けたあとに一言、エレンは間の抜けた声を漏らした。
なんでも、クレプスリーがスティーブやエレンを見張っている間に、エレンの名を奇跡的に聞かなかったらしい。貴様やお前などと呼び続けていた理由がようやく明かされた瞬間だった。

「僕の名前は――ダレン。ダレン・シャンだよ」

エレンは微笑みながら言った。その口からついて出たのは、本人でも予想外なことに、原作の主人公の名前だった。イメージする一人称を変えたことにも少し驚いたが――新たな旅の始まりには悪くないのかもしれないと思い直す。
クレプスリーは彼女の本当の名を知るよしもないので、ただ「そうか」と頷いた。

「ではダレン。誰か、ほかに別れを言いたい奴はいるか?」
「いや、いないよ。さっき移動中に言ったけど、僕なんかがいなくなったところで、喜びはすれど、心配する人なんていない」
「そうは言っても、家族というものは分からぬぞ。できれば、死んだほうがよいと思うがな」
「いいんだって。……僕は、養子みたいなものだから。嫌われたらそれまでのもの。誰とも血は繋がっていないんだ。むしろ、葬式代を払ってくれるかどうかが一番怪しいよ。だったら、置き手紙一枚で充分だ」
「そうか。ならばよいのだがな。……後悔はするなよ」

クレプスリーはダレンと名乗る少年に、はるか昔の記憶に残る、かつての幼い従兄弟の姿を見たような気がした。
言うまでもなく、容姿や性格は違うが、頭の回転の速いところや家族からよく扱われていない点はよく似ていた。……ただ、実際は従兄弟も愛されていたのだ。本人の気づかないところで、確かにしっかりと。

「後悔なんてしないよ」

エレンはそう言って、かすかにほほ笑んだ。


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