抵抗/15


「さすが、物分かりがいい。あの日、劇場で会ったときに思ったとおりだ」
「冗談じゃない! 私は命と人生以外ならって言ったよね? それじゃあ、人生を捨てることになるじゃないか」
「では、貴様は自分の妹を見捨てるのだな?」
「それは……」

私は視線を地面に落とし、目を彷徨わせた。
無意識のうちに掌を強く握ってしまう。

「私の人生を捨てるか、妹の命を捨てるかの二択しかないの?」
「ああ。ふたつにひとつだ。学校とやらで習わなかったのか? 報酬にはなんらかの犠牲が付き物だとな」

にやにやと笑うクレプスリーを、私は睨みつける。なんて奴だ。クレプスリー伝説で感動をした気持ちなんて、跡形もなくどこかへと消え去ってしまった。
こんなバンパイアに、私の人生が狂わされてしまうだなんて。ミスター・タイニーに唆されていようがいまいが関係ない。この行動はクレプスリーが選んで行っているものだ。第一、運命には抗えるとダレンは証明していたじゃないか。
私は息を吐いて、クレプスリーに一歩近づいた。

「……バンパイアの手下って、絶対にバンパイアにならなきゃいけないの?」
「いや、そんなことはないぞ。だが、もし人間のままお前を連れ回していたら、いつか逃げられかねんからな。バンパイアの力をある程度授けてやる。用心棒や食料の調達はさせるし、服のクリーニングも出してもらうが、そのかわり、バンパイアの流儀を伝授してやろうではないか」

バンパイアの流儀なんて、まったく興味がない。このままマダム・オクタをクレプスリーに突き返して、私は人間の人生を普通に送りたかった。
でも――、アニーの笑顔が脳裏に浮かぶ。幼く、可愛いらしい、本当ならば死ぬ危険なんてまったくなかったはずのアニー。彼女を私の身勝手な運命への足掻きで、殺してしまうだなんて――。

ああ、そんなこと、できるわけがない。

私は、溜め息混じりにクレプスリーの要求に応えた。

「……わかったよ。いやだけど、しょうがない。バンパイアになってやる」
「よくぞ言った。己の身を差し出すことすら厭わないその高潔な心こそ、バンパイアに相応しい」

仰々しく両手を広げるクレプスリーを、でも、と私は躊躇いなく指差す。

「これだけは言っておく。私は、あんたを、絶対に許さない。裏切るチャンスがあれば裏切る。仕返しするチャンスがあれば、仕返しする。この先ずっと、それこそ一生、私のことは信用できないんだから」
「ああ、よかろう」
「本気だからね」
「ああ、そうだろうよ。だからこそ我が輩は貴様を選んだのだ。仮にもバンパイアの手下たるもの、度胸と覇気がないといかん。貴様が大人しいだけの奴ではないとわかっていたからこそ、我が輩は引かれたのだ。ああ、貴様をそばに置いておくのは危険だろう。しかし、いざ戦いとなれば貴様は絶対に頼りになるぞ」

ひとりで頷いたクレプスリーは私の手首を掴むと、先ほどのように抱えて走りだした。急に動かされた私は、マダムのカゴを落とさないように慌てた。

「えっ、どこにいくの?」
「余計な邪魔が入らない建物の中だ。いくら夜中とはいえ、屋外ではなにが起きるか分からぬからな」
「……ああ、そう」

言われてみれば、確かにそうだ。赤いマントを羽織った異様な男と、町中から嫌われている子どもの二人組が会話をしている姿を見られたら、さすがに通報されかねない。

「行く当てはあるの?」
「まあな」

しばらく移動していたかと思うと、突然立ち止まり、また無造作に降ろされた。文句を言いたかったがこらえて辺りを見回すと、なんの皮肉か、教会の前に私たちはいた。

「バンパイアに教会? なんだかシュールだね」
「ああ。だがバンパイアに十字架なぞ効かん。もちろん、聖水もニンニクもな。さぁ、入るぞ」

鍵が掛かっていない扉は、わずかな抵抗をするばかりでいとも簡単に開いた。それがまるで私の人生を表しているかのように感じられて、私はカゴを持つ手を強く握り締めた。


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