Forcible/11


あのサーカスに訪れてから一週間、エレンはスティーブとまったく口をきかなかった。勝手に引き連れておきながら、あまつさえ生贄にしようとしたスティーブに若干の怒りを抱いていたことはもちろんだが、そもそもエレンは受動的な人間だった。シルク・ド・フリークに行こうが、行くまいが、もともと彼女――精神は女なので、引き続きそう表現させていただく――が自ら人に話しかけることはほとんどないのだ。
スティーブはスティーブで、さすがに気まずいと思っているのか、会話はおろか、エレンに近づくことすらしなかった。よって、この一週間、エレンは唯一の話し相手を失い、無言のまま学校生活を送っていたのだった。

「“まるたけ えびすに おしおいけ……”」

帰り道を歩きながら、ふいにとある地方の歌を呟くと、エレンの近くにいた子どもはぎょっとして離れていた距離をさらに置いた。聞き慣れない言葉だったため、ついにエレンが呪いを口にしたのではないかと怯えたのだ。
当然のように呪いも魔法も使えないエレンが口にしたのは、日本語だった。口ずさんだのは日本語を話す感覚を忘れないようにするためだったのだが、残念ながらその意図は誰ひとりとして理解できなかったようだ。

「“せったちゃらちゃら うおのたな”」
「――なんだそれ、呪文?」

聞き慣れてしまった声が耳元で弾ける。横を向けば、案の定、スティーブがそこに立っていた。

「“呪文なわけ……、あー、”呪文なわけがないでしょ。日本っていう国の言語だよ」
「ジャパン? 聞いたことねぇな」
「えっ、フジヤマとかゲイシャとか、聞いたことないの?」
「なんだよそれ、まじで呪文みてぇ!」

けらけらとスティーブに笑われたエレンは不満げな様子で口を閉じた。とは言うものの、その目は相変わらず静かだ。

「……なにしに来たの、スティーブ。私は君に構われる価値なんてないんだけど」
「は? 文句あるかよ。オレはお前に用があって来たんだぜ」
「用?」
「ああ。……あの、悪かったな」
「えっ」

エレンにしては珍しく、口を開けて唖然としながらスティーブをまじまじと見つめた。まるでスティーブの首から、もう一本頭が生えたかのような反応であった。
スティーブは苛立つように顔をしかめながら、また同じ言葉を繰り返す。

「だから、悪かったなって言ってんだよ! あの、ホーストンのときに嫌なことを言ったりしてな!」
「へぇ……」
「……なんだよ」
「いや、さすがのスティーブでも謝るんだな、と思って」
「お前、失礼だな」

スティーブは自分のことを棚に上げて言う。
しばらくの間、二人は気まずさを感じられない無言の空気の中で歩き続けた。エレンは言うまでもなく会話をする気がなかったし、スティーブは何かを言うことに迷っているようだった。
そして、エレンの家の近くに差しかかったところで、スティーブはエレンのほうを向き、ぽつりぽつりと話し出した。

「……オレ、あいつに悪魔だって言われたし、よくよく考えたらオレにはロクな友達がいないし……。言われて初めて気づいたんだけど、オレと一緒にやっていけんのって、お前だけなんだよな」
「まあ、そうだね」
「よく考えたら、一番気楽になれるのもお前と一緒にいるときだし」
「へえ」
「あんとき気に入ってるって言った言葉に嘘はなかったし」
「そうなんだ」
「あー、だから、その……」

スティーブはもごもごと口を動かし、目をあちらこちらにさ迷わせる。

「その?」
「――……くそっ! ようするにオレと友達になってくれねぇかって言ってんだよ!」
「……はぁ?」

エレンはスティーブにがしりと肩を掴まれ、正面から逃げられないようにさせられた。
呆れきったエレンの反応に気づいているのかいないのか、スティーブはそのまま強引に話を続ける。

「だいたいな、お前はいっつもひとりぼっちだろ! あんなにつまんなさそうにしてるんなら、オレと友達になって、もっと楽しいことをすりゃーいいじゃん! 昼休みとか、放課後とか、オレの知っている秘密基地を教えてやるし! 席だって近いんだから、手紙を回したりとかして遊んでさ! ――ああ、周りがどうとかは関係ねぇから! な?」
「……まぁ」
「で、返事は?」
「……うん」

エレンが頷くと、スティーブはようやくいつもの笑みを浮かべながら肩から手を下ろし、彼女の背中を叩いた。

「よーし、じゃあ、今からサッカーしに行くか!」

エレンがげんなりとした雰囲気になったのは、言うまでもないだろう。


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