Curtain/05


噂によると、この寂れた劇場では以前、子どもがバルコニーから転落して死んだらしい。
どんよりとした夜の雰囲気と相まって、不気味さを増す建物を見上げながらエレンはそんなことを思い出した。

「なぁ、早く入ろうぜ」
「スティーブ、まさかびびってる?」
「んなわけねぇだろ!」

エレンが焚きつけると、予想通り、スティーブはいきり立って先へと進んでいった。しかし、その右手はエレンの左手首をしっかりと掴んで離さない。
爪で黒板を引っ掻いたような、耳障りな音を立てて劇場の扉は開いた。時刻は十時十分前。開演ぎりぎりの時間だった。スティーブもエレンもそれをわかっているのか、恐ろしさを顔に出しながらも暗闇の廊下を奥へと進んでいく。

「っうわ」

スティーブがなにかにぶつかったらしく、尻餅をついた。手を繋がれているエレンも必然的に体制を崩す。
いったい何にぶつかったのかと、スティーブは睨みつけるように顔を上げたが、それはすぐに驚きへと変わった。

「君たち、なにか用かね?」

スティーブとぶつかったのは、ひとりの男性だった。黒目しか見えない眼。異様に高い身長。骨ばった大きな手。そのどれもが、スティーブたちを怯えさせるには充分のものだった。

「あ、あの、僕たち……シルク・ド・フリークを観に来たんです」
「ほう、そうかね。で、チケットは?」
「あります」

スティーブが自分のチケットをポケットから出し、背の高い男に見せる。

「よろしい。……君はどうかね、エレン。チケットはあるのかね?」
「はい」

エレンは鞄を漁ってチケットを出そうとしたが、スティーブのひっという悲鳴を聴いて、はたと手を止めた。
二人の恐れが混じった視線を浴び、男はにやりと口端を上げた。

「私はミスター・トール。シルク・ド・フリークのオーナーだ」
「どうして、こいつの名前を知ってるんだ?」
「ああ、私はみんな知っているぞ。君たちの名前も、家の場所も、親と仲が悪いこともな」

背の高い男――ミスター・トールは、囁きながらスティーブを見つめる。

「親に内緒でここへ来たこともお見通しだ。わざわざやって来るとは感心するが……しかし、君たちのような子どもには恐ろしくて耐えられないショーかもしれないぞ?」
「勇気ならあります」

これを言ったのはエレンだ。
長身の男は興味深そうに片眉を吊り上げたが、発言したエレン自身、驚いていた。ただなりゆきに任せるつもりであったのに、気がつくと自分の口が動いていたのだ。

「……本来ならば、子どもはおことわりなのだがな。よろしい、例外として認めよう」

異常な速さで歩く男の後ろを、エレンとスティーブはなかば小走りでついていった。そして男が角を曲がったところで顔を出すと、不思議なことに、先ほどまで目の前にいた男はのんびりと遠くにある机で紅茶を味わっていた。

「チケットを拝見」

エレンとスティーブが差し出したチケットを、男はさも美味しい菓子であるかのように口に入れてかみ砕き、飲みこんだ。度重なる不思議から感覚が麻痺してきたスティーブたちは、もはや驚くことなくそれを見つめていた。

「もうすぐショーが始まる。君たちは遅かったが、間に合ったとは運がいい。ようこそ、シルク・ド・フリークへ」

入り口への幕が男の手によって開かれる。これから始まるショーへの期待に押され、エレンとスティーブは互いに目くばせをしながら、観客たちの熱気の中へと入っていった。


prev top next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -