迷子/03


私はいま、苛立っていた。ここに生まれてはじめて、前世で考えるとかなり久々に苛立ちを抑えられずにいた。
原因はわかっている。スティーブ・レナードのせいだ。

私ことエレン・シャンは、前世の記憶を持っていた。だから、正確には前世の私が新たな身体に入ったと表現すべきなのだろう。とにかく、私には普通ではありえない記憶(はたまた魂)を持って生まれてきたのである。そのために、ここの私の両親、つまりシャン夫妻はかなり私の存在を気味悪がった。虐待のようなものも受けたが、その気持ちは充分わかるし、捨てられなかっただけ彼らはまだ優しいのだとも思う。
それに、私は前世でもそこまで家庭に恵まれていたわけじゃないのだから。いまさら大切にされなくても苦しむことなどないのだ――という与太話はとにかく、つまるところ私は前世の記憶を持っていたからこそ、こんなに苛立っていたのだ。

いや、前世の記憶を持っているだけならまだよかった。オカルトじみた話だが、私はここの世界の未来を“知っている”のだ。――とは言っても、予見ができるわけではなく、この世界がかの有名な児童書、『ダレン・シャン』のものであることに気づき、さらに私がその本の愛読者だったというのが大きな理由なのである。

知らないふりをするというのはなかなか大変で、今朝もスティーブ・レナードが差し出してきたチラシをあたかも初見かのように振る舞わなければならなかった。仮に、少しでもぼろを出せば、たちまち私は町内で本物の魔女だと噂されて、いまでもないに等しい居場所をさらに奪われてしまうだろう。
この世界に生まれたばかりの頃の私はちらほらとヘマを犯したために、肩身の狭い状況に追いやられてしまったのだから、これ以上はなにもしないということが一番懸命な判断なのだ。
しかし、いかんせん世界は私に厳しく当たるつもりらしい。まさかスティーブのほうから私に関わってくるとは、夢にも思ってみなかった。

私の名字から察するように、どうやら私はこの世界の物語の主人公、ダレン・シャンの成り代わりらしい。
可愛い妹のアニー。クラスメイトのスティーブ。そして、いやがおうにでも関わらされる物語の始まり。これを成り代わりと言わずとして、一体なんと呼ぶのだろうか。

「……ただいま」

帰宅しても、家はしんとしていた。唯一、私がダレン少年と違う点はこれだろう。
私は赤子の頃からあまりに気味の悪い行動を取りつづけてしまったため、両親はおろか、近所や学校の人間からも避けられているのだ。
ある意味、将来バンパイアになる人間としては最適な状態かもしれないが、小学生くらいの年齢の子どもへの仕打ちには相応しくない。

両親はきっと働きに出ているのだろう――または妹を連れて外出しているのだろうか。教科書が入った鞄を、なかば引きずるようにして階段を上がる。
私、エレンとは違い、妹のアニーは普通の可愛い女の子だ。両親は初めて手にした理想的な“手のかかる”子どもにたいそう喜んでいた。それゆえ気持ち悪い子から隔離するために、母親が妹を連れてどこかに出かけるのはいつものことだった。

「――おかえりっ!」

自室のドアを開けると共に、小さな塊が私に飛びついてきた。
このような行動をするのは私が知る限りではひとりしかいないため、誰だと疑問に思うことはない。

「ただいま、アニー」

綺麗な茶色の髪を撫でると、私に抱き着くアニーは子どもらしい純粋な笑みを浮かべた。

「またどうして私の部屋なんかに……、お母さんは?」
「ピーティーなんとかの集まりで出かけちゃった。だから、待ちぶせしてたの!」
「ピーティーなんとかじゃなくて、PTAね」

私の部屋にいたことがばれたら、いくらアニーといえども親から叱られるだろうに。その言葉を飲みこんで、私はアニーの頭を撫で続けた。
この可愛らしい妹は、唯一、私とまともに接触してくれる身内だった。私自身、妹には自分でわかるくらいに優しく接していると思う。
両親からしてみたら危機感半分、嫌悪半分といったところで、たびたびアニーに注意はしているのだが、なかなかに聡明なこの妹は親の言うことを聞かずに、いつも私の後ろをついて回るのだった。

「そうだアニー。今週末、サーカスに行くことになったんだけど……」
「えっ、私も行きたい!」
「夜中に開演するから、アニーにはきついかなぁ。だから、その代わりにお土産を買ってくるよ。ね?」
「……うん」

もちろん、このことを両親に伝える気はさらさらない。いくら私が嫌われていようとも、彼らが真夜中の外出を許可することはないからだ。
でも、この幼い妹だけには伝えておきたかった。なにしろ本当の意味で私のことを心配してくれるのは、この子くらいなのだから。


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