Angsthase | ナノ
開幕の後


死んだ日――?

ナツメは麻痺しきった脳で呟いた。
自分が死んだのは、たしか雨の日ではなかったか。
どう考えても、こんな雨上がりの爽やかな日に死んだ覚えはない。
何日間も雨が降り続き、皆がみな、うんざりとしていた日だったはずなのに。

なんとか気持ちを落ち着かせようと、ナツメは本屋を見回した。しかし、壁に掛かっていた時計を目にし、さらに絶句した。

「(十六時半?)」

まさに、ナツメが書店で漫画を購入しに行った時刻帯ではなかったか。
慌てて漫画のコーナーへと視線を巡らせたが、目当ての姿は見つけられなかった。はたしてもう購入してしまったのか。それともまだ入店していないのか。必死に埃の積もった記憶の棚を探るが、かれこれ十数年前となる出来事を思い出すことはもはや不可能に近かった。
もし後者ならば、このまま書店で待ち望んでいたい。過去の自分に会えるかもしれないという仮定はそれほどに魅力的だ。しかし、ついに店員が挙動不審な客を追い出そうと怖い顔でこちらにやってきたため、ナツメは早足で店を後にせざるをえなくなった。
身元不明人物だと知られればどうなるかなど、冷静な状態でなくともだいたいの想像はつく。ただでさえ警察沙汰になれば面倒なことになるのは明白だった。

本屋から出れば、まだ湿った空気がナツメの頬を撫ぜる。快晴ではないが、外の空気は懐かしさと相まって一種の心地よさがあった。
深呼吸をひとつし、ナツメは次に思い浮かべた目的地へと迷いなく足を踏み出した。

言うまでもない。あの始まりの場所へ。




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