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後ろへ一歩


ざわざわと子供特有の喧騒が広がる教室。
その端のほうの席に座るナツメは、配られたプリントを見て、心中に炭のように煤けた暗雲がたちこめてゆくのを感じた。

「それじゃあ、自分が出たい種目を決めてくださいねー!」

やけに明るい先生の声が恨めしい。ナツメは黒板に目をやり、諦めたように顔を伏せた。



わいわいと女子生徒たちの明るい声がいやになるほど耳に響く。どうやら女子たちの間で、ひとつの種目が集中して人気を集めているらしい。個人的な能力を重んじるというよりかは、社会性を伸ばすために存在する教育現場では、このように往往にして、互いに意見を発信し、受け止めなくてはならない状況が設けられがちである。つまるところ、話し合いで解決するという、きわめてありきたりな方法を使用せざるをえないようにさせられるのだ。
そして、その空気を否応なしに読むしかなくなったナツメは、不機嫌な気持ちを心の底に押し込めながら顔を上げ、渋々ながらも彼女たちの会話に加わりにいった。

「ねーねー、わたしはバレーやりたいな!」
「じゃあ、私もやるー!」
「アタシも入るー!」
「それなら私は卓球で!」
「あ、一緒にダブルス組もうよ!」

帳尻合わせの、予定調和のような台詞たちが辺りを飛び交う。ここにいる誰しもが、まるで、あらかじめ皆がどう選択するかを分かりきって発言しているかのようだった。
本当は話し合う必然性など、どこにもないというのに。彼女たちはそうして皆で言葉を交わし、球技大会に向けて頑張っている自分たちというものに酔いしれているのだろうか。
ナツメはさして興味のない行事に対してもちろん準備段階から燃え上がれるわけもなく、ただ輪の端のほうで幼い子供たちの会話をぼんやりと聴きながら立っていた。

「巡里ちゃんはなにやりたい?」
「まだバレーも卓球もバスケも空いてるよ?」
「ええと、じゃあ……卓球にしようかな」

バレーボールも、バスケットボールも、複数人数で行う種目だ。それに関して言えば、卓球はまだ、シングルスという個人プレイの枠が残されている。
ナツメが女子たちの顔をちらりと見れば、案の定、彼女たちは安心したような表情をしていた。
よかった。選択は誤っていなかった。
誰にも気づかれない程度に息をほぅと漏らし、ナツメは引き続き交わされる予定調和に、半ば上の空になりつつ耳を傾けた。




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