Angsthase | ナノ
02


ひとしきり泣いたあと、落ちつきを取り戻したナツメは、鯉伴の腕の中から抜け出した。子供のように泣きわめいてしまったことへの気恥ずかしさで、頬が火照ってしかたがない。
そんなナツメの様子を、鯉伴は嬉しそうに目を細めて見つめていた。

「それで、いつから私のことを……」
「ほんのつい最近さ。とはいえ、なんとなく予想はついていたな」
「……?」

もしかして、見た目や仕草で分かったのだろうか。
問いかけるように首を傾げるナツメを前に、鯉伴はただ苦笑していた。
恐らく答える気はないのだろう。それほど理由を知りたいとも思わないので、ナツメは深く追求しなかった。

顔を上げ、辺りの風景を見回す。どれだけ泣いていたのか、もうすっかり朝日は登りきって地上を照らしていた。しかしその空気がどんよりと淀んでいるように見えるのは決してナツメの気のせいではないのだろう。
この淀みは、おそらく京妖怪たちが封印を解いているせいだ。リクオたちが再び封印をしようと駆け回っているが、それでもまだ平穏な空気には程遠い。
これから始まるであろう決戦を考え、ナツメは気を落とした。トラブルに巻き込まれなければいいが、逃げ切れる自信があまりない。

ナツメが冷静になったのを確認して、鯉伴はここに来るまでの経緯と現在の状況をさっくりと説明してくれた。
なんでも、リクオは組の者を連れて船で飛んで来たが、鯉伴は単独でこの地に踏みこんだらしい。そうして京都で情報を集めている最中に、京妖怪が花開院家を強襲しているのを知り、屋敷で加勢しつつナツメを発見したとのことだ。
あまりにフリーダムなその動きに思わず心配半分呆れ半分の心境となるが、鯉伴は「組を背負ってるワケじゃねぇんだから好きに動きたかったのさ」とどこ吹く風であった。
しかしそれならば、ひとつだけ分からないことがある。

「リクオはいま、どうしているんだろう……」

記憶通りならば、このあとリクオは鞍馬山での修行のあと、氷麗を取り戻すために相剋寺で土蜘蛛と戦うはず。たしか時は夜中――子の刻に乗り込んでいた。けっこうな規模の出入りになっていたが、はたして自分たちはここで悠長に会話している暇があるのだろうか。そもそも、イレギュラーな存在である鯉伴がいるなかで、きちんと原作通りの流れになっているのだろうか。
確認しようにもなかなか難しい状況だ。不安になって鯉伴に目を向けると、どうやらきちんと把握しているらしい。片目を瞑って笑いかけてきた。

「あいつなら大丈夫さ。人間の強さをよく知る牛鬼の元で修行してる。きっとオレよりも強ぇ百鬼夜行を率いる主になれるだろうよ」

なんとも曖昧な返しだが、言いたいことは伝わった。
どうやら鯉伴が父親として生きていたとしても、同じような出来事は起こるらしい。そしてまた、牛鬼に任せて修行をさせているらしい。

父親が生きているなかでもリクオが羽衣狐を討とうとしている現実に疑問を抱き、首を傾げる。
いったい何が彼をそこまで頑張らせるのだろうか。そう尋ねると、鯉伴は怪訝な面持ちになった。

「なに言ってんだい。そりゃあナツメのためだろうよ」
「えっ」
「自分の大切な身内が殺られて仇討ちしねぇヤツなんていねぇさ。狐は特に、オレたちの因縁だ。リクオだけじゃねぇ、オレもまた、そのためにここに来てるんだ」

羽衣狐。奴良家三代に渡る因縁の妖怪。
自分を貫いた刃と冷たく笑う彼女の声を思い出し、眉根を寄せる。あの妖怪はナツメにとっても思い入れがある存在だ。できることならば再び顔を会わせたくないものだった。

「……お父さんはこれからどうするの?」
「そうだねぇ……とりあえずはナツメの身の安全の確保だな。そのあとはまた好きにあっちこっち動こうかね」
「それって何も考えていないようなものじゃ……」
「そんなことはねぇよ。いろいろ考えてはいるさ」

ナツメから「お父さん」と呼ばれることが嬉しいのか、鯉伴は機嫌が良さそうにナツメの頭を撫で、よし、と腰を上げた。

「それじゃあ、安全確保ついでに京の街をちろっと観光しようじゃねえか」

伸ばされたその手を、ナツメは躊躇わずしっかりと掴んで立ち上がった。




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