Angsthase | ナノ
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二人に連れられて入ったカフェは、和風喫茶と呼んでも差し支えのない内装をしていた。
店内はクラシック調で、どこか懐かしい趣を感じる。濃い焦げ茶の床と家具、白い壁に掛かる幾枚の写真。窓は襖のようなデザインであり、落ちついた明るさを放つランプは提灯を模していた。そのくせ、外の暑さを忘れさせてくれるような、ほのかな涼しさを感じさせられるのは、ところどころに置かれている観葉植物のおかげなのだろう。
ナツメは一目見て、ここのカフェを気にいった。

「日替わりのケーキセットふたつ、紅茶はおすすめで。あと、アイスコーヒーをひとつよろしく頼む」

慣れた口調で鯉伴は店員に注文する。
店員も、鯉伴が現代では見なくなった和服を身にまとっているのに、たいして興味深そうにもせずに淡々と注文を受けていた。
疑問に思ったナツメは素直に鯉伴に尋ねた。

「ここ、鯉伴さんたちはよく行くんですか?」
「そうだねぇ。居心地がいいからついつい足を向けちまうな」
「このひとが行方不明になったときの捜索場所第一候補ね」

冗談なのか本気なのか、判別しがたいことを言って若菜は微笑む。鯉伴がその横で苦笑いしているのは、おそらくその会話が彼らの間では常套句だからだろう。

「ふらっと消えるけど、ちゃんと帰ってくるんだから。犬みたいな人なのよ」

なんて、茶化した口調ながらも、彼女の目は安心そうに細められていた。


若菜が褒めていたケーキの味は、やはり素晴らしいものだった。今日のケーキは、甘さ控えめの生クリームが添えられているバナナケーキである。

しっとりとした生地は、フォークで切っても簡単に崩れることはない。口に運べば、純粋なバナナの甘みがじんわりと広がった。さらに、隠し味なのか、爽やかなレモンの味も感じられる。
添えられた生クリームと共に食べると、なめらかな口当たりが加わった。しつこいくらい甘ったるい生クリームを苦手としていたナツメだったが、この生クリームはよろこんで食することができた。
おすすめ注文で一緒に出された紅茶は、アイスのアールグレイだった。もともとアールグレイは苦味のすくない紅茶で有名だが、この店で出されたものは、アイスにしているからか、はたまた良い銘柄のものなのか、さらに透明感のあるものだった。ほのかな甘みのあるケーキと合わせても、違和感なくすいすいと飲めてしまう。

たわいもない話題をしているうちに、ナツメは改めて鯉伴と若菜の仲の良さを感じ入った。
おしどり夫婦とはまさに彼らにふさわしい呼び名で、かたや四百歳を超える妖、かたやまだ年若い人間の女という組み合わせであるにも関わらず、二人の間にそびえる障害というものがまったく感じさせられなかった。
幼いときからナツメはそれをよく知っていたが、やはり、幼児には見せられなかった一面というものはある。それをここで目の当たりにして、ナツメは気まずさよりも、安心感を覚えた。
ナツメが亡くなったからといって、夫婦の間に亀裂は入らなかったらしい。この二人のラブラブっぷりにはとうの昔に慣れてしまったのでいまさらどうとも思わないのだが、仮にぎこちなくなっていたとしたら、ナツメは罪悪感に駆られてカフェから逃亡しようとしたことだろう。

鯉伴と若菜が一緒になってこぼす、幸せそうな笑み。
これもまた、かつてのナツメが守りたいと願ったひとつの風景なのだから。



「ごちそうさまでした」

体調もすっかり良くなり、喫茶店を出たナツメは、鯉伴と若菜夫婦に腰を折って礼を言った。
支払いはすべて鯉伴持ちだった。ごく自然な動作で行われたために、ナツメが気がついたときには支払いが済んでいた。いくら「こっちの頼みでつき合わせたから」と言われていても、やはりそれは、気持ちのいいものではない。特にいまは、血縁関係のない知り合いにすぎないのだから、なおさらだ。

「そんなかしこまって礼を言わなくたっていいさ。なんせ、こっちが勝手にやったようなもんだからな」

困ったふうにするナツメの頭を、鯉伴は優しい手つきで撫でた。
突然のことに、ナツメは唖然としてそれを受け入れるしかなかった。

「えっと、あの」
「そんなに気にするようなら……もうあんなになるまで無理はしねぇって約束してくれ。それをお代ってことにしようじゃねぇか」

念押しするように「いいだろ?」と言われてしまえば、あとは頷くことしかできない。
素直に承諾されたのを確認すると、鯉伴は満足げに口の端を上げた。

「これからもリクオをよろしくな、ナツメちゃん」

いったい鯉伴がどのような気持ちを抱いてその名を呼んだのか、ナツメにはまったく見当がつかなかった。





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