Angsthase | ナノ
口塞ぎの蝶


夏休みを目前に控えたとある日の午後。
清継らの驚く声が、部室内に大きく響いた。

「えええっ、参加できないのかい!?」
「ごめんなさい……」

驚愕する彼らを前に、ナツメは申しわけなさそうに眉を落とした。
人からの誘いを断るのは、どんな内容であれ、なにかと心苦しいものだ。特に、泊まりが絡むイベントならばなおさらである。

ナツメが断ったのは、言わずもがな、邪魅編となる菅沼家への遠征外泊である。
清継らは当然のように彼女も参加すると考えていたため、予想外の返事に思わず声を上げてしまった。リクオも驚いた様子でナツメの顔をまじまじと見つめていた。

「家が厳しくて……つい最近に外泊したんだから我慢しなさいって言われたの」
「そんなぁー……」

このイベントを誰よりも楽しみにしているであろう清継は、いまにもナツメに縋らんばかりの気迫で迫ってきた。気のせいでなかったならば、彼の目の端には光るものがあった。

「なっ、なんとかして行くことは――?!」
「それが頑張ったんだけど、難しくて……」

今回ばかりは本当だった。養護施設に暮らしているナツメは、通常の子供のように、気楽に外泊できるわけではないのだ。大勢の子供を管理しているので、そこまで好き勝手させられないのが施設側の事情である。
前回の捩目山外泊は時期が時期だっただけに許されたようなものだ。さすがに今回は長期休暇に入っていないため、ナツメだけを例外として許可するわけにはいかなかった。しかも、彼女にはつい先日、門限を破ったという事情がある。施設としては、反省させるためにも、なるべく許したくないのだ。
そのことを重々承知しているナツメは、それを逆手に取ることにしたのである。無理に嘘をつくよりかは何倍も確実性がある手段だ。ただし、養護施設に住んでいることは伏せたままである。

施設の世話になっているがゆえに自由に外泊ができないなど、打ち明けたところで碌なことがない。それがナツメの考えだった。
孤児であることを問題にしているのではなく、そこから下手な同情を受けるのがナツメは嫌だったのである。
彼らならばそうしないことも十分ありうるのだが、事あるごとにナツメは孤児だからと線引きされる可能性を思えば、やはり口を閉ざしてしまうものだ。なにしろ経験上では、それが最も賢い選択なのである。第一、ナツメ自身が、仮に友人が孤児だったとして、なにも区別をせずに接せられる自信がなかった。

「僕がちゃんと監督するからさ! ご両親の説得をさせてくれ!」
「そういう問題かなぁ……」

リクオにしては珍しい冷ややかな評価だった。おそらくは前回の捩目山で、清継の監督責任能力の怪しいことが十二分に判明したからだろう。なにしろ、彼の存在は頼りになるならないの問題どころではなかった。皆の安全を守るべき清継自身が、率先して夜の山に繰りだしていったのである。
そもそも、それ以前に、中学生が中学生を監督するなど極まりなく奇妙な話だ。もはやナンセンスでもあった。

「ぜったいに無理なの?」

鳥居が猫のような目をきょとりと動かしてこちらを見る。器用にも、彼女はバランスボールの上で胡座をかいていた。

「うーん……厳しいと思うよ」

ナツメは頼りない口調で言う。顔に貼った苦笑いは外せない。
無駄に原作に干渉したくないナツメとしては、いくら説得されようともこれを改めるつもりはなかった。たとえ清継から泣きつかれようが、だ。

牛鬼編では甘い考えで参加してもやりすごせたが、同じような気持ちで迎えた先日の四国編は、危うく原作の流れを変えかけた。前々から危惧していたことが、いよいよ現実になりかけたのである。
邪魅編はたいして重要な話ではないが、だからといって変えていいわけでもない。バタフライエフェクト理論で考えれば、小さな変化が予想外の大きな影響をもたらす可能性は十分にある。
筋道が歪んでしまう恐れを自覚していながら、喜んで外泊できるほどにナツメは無神経ではなかった。

第一、このイベントにはゆらも参加しないはずであった。ゆえにナツメは、不参加だと告げてもそこまで驚かれないだろうと踏んでいたのである。
ナツメはゆらの姿を求めて室内に視線を巡らせた。しかし、あの小柄な陰陽師娘の姿はどこにも見当たらなかった。
おそらくは学校を休み、ひとり懸命に修業しているのだろう。今回の合宿の存在はまだ耳に入れていないに違いない。下手をすれば、彼女が存在を知らないままに邪魅編が終わる可能性すらある。

原作では描写されていなかったが、はたして最終的にゆらはこのことを知るのだろうか。ナツメが内心で首を傾げる間も、周りは諦めきれずに参加を求める声を上げて騒がしくしていた。
そんな状況に埒が明かないと察したらしいカナは、残念そうにしつつも騒ぐ清継を落ちつけようとナツメをフォローする。

「まあまあ、ナツメちゃんにも事情があるんだから仕方ないよ。ね?」

それを同じ女子である巻と鳥居がさりげなくも乗じてくれた。

「だよなー。代わりに私たちが頑張っておこうぜ」
「海の写真、いっぱい撮ってくるよー!」

そんな彼女らの声を聞き、清継はひとまずの落ちつきを取り戻した。

「……うん、そうだね。よし、ナツメくんの分まで僕は主を探すぞ! 期待していてくれ!」
「ありがとう、みんな」

ナツメは彼らが深く詮索してこなかったことに安堵した。家に訪問するなどと言われてしまえば、ごまかすのは難しくなっていただろう。

「(……それでも、邪魅編に関わらなくなるから儲けものだし)」

普通ならば厄介に違いないこの身分は、むしろナツメにとってはプラスなのである。

「(……なんて、言えるわけがないけれども)」

わいわいと騒がしい彼らの姿を前に、ナツメは冷めた調子で呟いた。

ひとまずは邪魅編の回避が成功したことに心中でガッツポーズをする。この調子で京都編も避けてしまおうと、ナツメは強く胸に誓ったのであった。





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