Angsthase | ナノ
02


ナツメが数歩、歩いたとき、ふいに後ろから、「大丈夫かい?」と聞き覚えのある声をかけられた。

「えっ?」

振り向けば、黒髪の男性がそこにいた。
この現代には珍しく、男性は着物に草履の出で立ちをしていた。肩には白い手ぬぐいが無造作に垂れ下がっている。時代劇に出ていてもおかしくはない格好だろう。
ナツメが知るなかで、この姿と該当する人物がひとりだけいた。
まずいとは思ったが、いまさら走って逃げるわけにはいかない。

「奴良くんの……」
「ああ。リクオの親父だよ」

鯉伴は口角をついと上げた。その目はしっかりとナツメを見つめている。

「さっき、妖怪に掴まれていたようだったが……怪我はないかい?」

無遠慮に身体を触らないあたりに、鯉伴の優しさを感じられる。
ナツメは早く鯉伴から離れたいがために、必死でこくこくと頷いた。

「はい、まったく怪我はありません。大丈夫です」
「そうかい。ならよかった」

ほっとしたように笑いかける鯉伴の姿が、かつての自分に向けられたものと被る。
ナツメは前回のように、そろそろと視線を下へと向けた。

「お嬢さんみたいに可愛い女の子に傷が残ったら大変だからねぇ」
「……ええ、そうですね」
「そんで、これから帰るのかい? ここらは物騒だし、家まで迎えようかい?」
「いえ、大丈夫です。電車を利用しますし――」
「なら駅まで送ろうか。いいかい?」

字面だけで見たら実に危ないものだったが、鯉伴の容姿と人柄がそうさせなかった。
もし、これが鯉伴でなかったならば、ありがたく誘いを受け入れただろう。しかしナツメの目の前にいるのは鯉伴であり、昔の父親だった。おいそれとその提案を飲めるわけがない。

「だっ、大丈夫ですよ。駅までたった数分ですし」
「その数分の間に、また何かがあったら大変じゃねえか。自慢じゃないが、俺ァ強いから頼れるぞ?」
「でも……」
「いいな?」
「……、はい」

ナツメはしぶしぶといった様子で頷いた。
とにかく、なんでもいいからナツメは早く鯉伴と別れたかった。このまま押し問答になるよりかは、さっさと早足で駅に向かったほうが良いのかもしれない。

俯きがちにやや早足で歩く中学生と、その横で着物を着る長髪の男性。
かくして、かつての親子が並んで歩くという、奇妙な光景が成立したのであった。




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